軽便鉄道と戦争の歴史『武蔵村山市立歴史民俗資料館』(武蔵村山市)

東京都(市町村部・多摩地区)

武蔵村山市の歴史を知ることができるミュージアム。古代から近代まで、「軽便鉄道」や「村山大島紬」など様々なテーマの展示が揃っています。少し離れたところには戦争をテーマにした分館もあります。

訪問日:2026/6/13(土) ※掲載の写真・情報は訪問時のものです

都内唯一の特徴を持つ市

以前、博多から船で向かった壱岐島にて話した子が東京の武蔵村山市出身でした。そのときは武蔵村山市がどこにあるのか知らず、ついつい駅でいうとどこかと尋ねたところ「駅、ないんです・・・・」との回答が。東京で駅のない市なんて存在するの!?

武蔵村山市は、多摩地区の北部に位置する市。東は東大和市、南は立川市、南西は福生市の横田基地、西は瑞穂町、北は埼玉県の所沢市に隣接しています。

ほんとだ!駅がないです!それどころか鉄道も通っていないです!!

住んでいる人の多くは多摩モノレールの終点の「上北台駅」や、西武線も走る「玉川上水駅」などを利用しているようです。

撮影禁止な資料館

そんな武蔵村山市について詳しく知ることができるのが、武蔵村山市立歴史民俗資料館

JR中央線「立川駅」や、JR八高線「箱根ヶ崎駅」などからバスでアクセス可能。私はいつものシェアサイクル「ハローサイクリング」を利用しました!建物目の前にポートがあるので、とっても便利。

入館料は無料、受付は入館名簿に人数と大まかな地域、年代などを記入するだけです。

館内では旧石器時代から昭和まで幅広い民俗資料が展示されているのですが、残念ながら写真撮影禁止。一部撮影可能なものもなく、完全にNG。撮影禁止マークがあちこちに大量に貼られており、何かトラブルでもあったのかと勘繰ってしまうほど。

写真で成り立っている当ブログは大ピンチです!ということで、いつも通りパンフレットの写真を載せて雰囲気だけでもお伝えできたらと思います。

古代から暮らす人々

旧石器時代や縄文時代の石器や土器、遮光器土偶などが多数並んでいます。

屋敷山遺跡から出土した人面装飾付土器は片目が✕になっており、ちょっとピエロ感がありますね。

縄文時代前期に見られる、蒸し焼きや石焼き調理を行った跡である集石土坑の展示、さらに吉祥山遺跡の竪穴式住居跡のカマドの復元などもあります。

かつて走っていた軽便鉄道

鉄道がないと書きましたが、実はかつて鉄道が敷かれていた時代がありました。

それは大正10年(1921年)のこと。福生の東京市材料置場から横田地区まで材料運搬用の軽便鉄道「羽村・村山線」が敷かれました。目的は、村山貯水池の建設に伴い、羽村取水堰から多摩川の水を貯水池に引き入れる導水管設置のため。貯水池が完成すると、役割を失い撤去されます。

その後、大正15年(1926年)に村山貯水池に加えて山口貯水池の建設がはじまると、再び軽便鉄道の「羽村・山口線」が敷設されます。総延長は12.4km、ガソリン機関車や当時最新鋭だったディーゼル機関車がトロッコを引いていたそう。こちらもまた、山口貯水池の完成に伴い廃止となります。

鉄道の歴史はまだ終わりではありません。戦時中に爆撃対策として行われた貯水池堰提嵩上げ工事のために、再度鉄道が敷設されます。こちらも役目を終えた昭和19年(1944年)に撤去されてしまいました。

現在、その線路の跡は野山北公園自転車道として利用されています。4つのトンネルも残っており、当時の鉄道を感じながら、ウォーキングやサイクリングが楽しめます。

館内には、そんな軽便鉄道の模型やレールも展示されていました。

伝統的な特産品

武蔵村山市の特産品として伝わっているのが村山大島紬。木綿紺絣の産地として知られており、江戸時代後期から明治にかけて織物が盛んであった地域。大正時代に、絹織物の需要が高まると、比留間妻吉によって、本場の大島紬の技法を取り入れた伊勢崎銘仙の技法が導入されます。そうして村山大島紬ができあがっていきます。

多摩だるまも特産品のひとつ。多摩地方で制作されるだるまのことであり、「東京だるま」とも呼ばれています。所沢市にて群馬県高崎市のだるまを参考に作り始められ、それが広がっていき、農業の合間に生産されるようになります。目の縁に金箔があしらわれていたり、眉や髭に毛を使用するなどの特徴があるそう。

村山大島紬も多摩だるまも群馬県と関連の深い特産品。つながりが強いのは、このあたりが八王子と高崎をつなぐ「八高線」が通っているからですね!以前お隣の瑞穂町郷土資料館で学びました!

他にも伝統芸能に関する展示や、江戸時代の高札、昔の道具の展示や、生き物の紹介など様々な展示があります。展示室は1部屋だけなのでボリュームはほどほどですが、読み物が多いため、満足度は高い資料館でした。

戦争の歴史を伝える分館

館内を見学していると目についたのが「分館 常設展示リニューアル」というフライヤー。この資料館、分館があるみたいです。

すぐ近くにあるのかと思いきや、距離にして4km弱、徒歩だと50分ほどかかります。資料館目の前のポートから「ハローサイクリング」を利用したところ、20分ほどでアクセスできました。

資料館というよりは、公民館みたいなたたずまい。こちらは戦争に関する展示が中心の施設。

1930年代以降、陸軍航空兵力の研究・開発・製造施設が集積する軍事都市となった立川を中心に、北多摩地区には軍事施設や工場、そこに勤務する人の住宅地が次々と整備されていきます。

ここ武蔵村山市では1936年頃より陸軍関連施設が建ち始め、戦況悪化に伴い航空機関連資材を保管する防空壕なども造られました。

館内では読み物パネルを中心に、空襲被害や戦時下の暮らしなど、戦時中の武蔵村山市の様子を伝えています。

爆弾の破片や、出征軍人と書かれたタスキ、さらにアメリカ軍の航空機より、民間人の戦意喪失を目的に撒かれた「空襲ビラ」も。その内容は、爆撃する都市を予告して、避難するように呼びかけるというもの。「我々の敵はあなた方でなく、あなた方を戦争に引っ張る軍部です」と日本語で書かれていました。

展示室は一部屋だけの小規模なものですが、生々しい展示で一気に戦時中を体感することができる展示でした。


次回は、武蔵村山市名物、野山北公園自転車道!先ほどお話した軽便鉄道の線路跡を利用したサイクリングロードです!

アクセスと営業情報

開館時間 9:00~17:00
休館日 毎月第1月曜日、毎月第3水曜日(第3水曜日が祝日の場合は翌日)、年末年始
料金 無料
公式サイト https://www.city.musashimurayama.lg.jp/kankou/spots/rekishiminzoku/index.html

※掲載の情報は2026年6月時点のものです。最新情報は公式HPにてご確認ください。

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