レトロな取水塔が絵になりすぎるダム湖『多摩湖(村山貯水池)』(東大和市)

東京都(市町村部・多摩地区)

東京の人口増加を支えるために造られた貯水池。アースダム形式の堤体を中心に、公園やサイクリングロードが整備されており、地域住民の憩いの場となっています。写真映えする取水塔や、かつての土木遺産など、見どころも豊富なスポットです。

訪問日:2026/6/14(日) ※掲載の写真・情報は訪問時のものです

東京を支える貯水池

明治時代がはじまり江戸が東京に変わった頃、人口増加に伴い多くの人の生活を支えるための水が必要となります。大規模な貯水池を建設する計画が持ち上がり、その場所に選ばれたのが狭山丘陵。都心への距離や、谷あいの地形が貯水池に適していると判断されました。

工事は1916年に始まります。約10年をかけて完成したのが村山貯水池。戦時中には何度か米軍による爆撃を受けますが、改修工事を経て現在までその姿を維持しています。

そんな貯水池ですが、現在周辺には狭山公園やサイクリングロードが整備されており、「多摩湖」という名称で親しまれています。今回はシェアサイクルの「ハローサイクリング」を使って、ダムのまわりをぐるっとめぐってきました!

ちなみにですが、取水塔や狭山公園の最寄り駅・西武線の「多摩湖駅」には、ハローサイクリングが5台しかありません。少し距離はありますが、多摩モノレール終点の「上北台駅」は在庫がたっぷりあるのでおすすめです。

自由に歩けるアースダム

村山貯水池は西側の「村山下貯水池」と東側の「村山上貯水池」の2つに分かれています。村山貯水池を作り上げているのが、こちらの堤体。

一般的なダムのようなコンクリート構造物ではありませんが、こちらはアースダムと呼ばれる土を盛り上げて造るタイプのダム。

高さ約34.5m、長さ610mあり、天端の部分は広々とした歩道になっています。自転車も通行可能であり、とっても気持ち良いサイクリングロード。道幅が広いので、譲り合ったりしなくても良く、快適です。

堤体の東側は狭山公園として整備されており、近隣住民の憩いの場となっています。駆け抜ける子供たちや、犬の散歩している人がたくさんいました。

展示されている土木遺産

多数の彫刻作品が展示されていますが、その中に混じっているのが親柱。1927年の堤体完成当時の遺構であるそう。

この堤体は戦時中に米軍の爆撃による損壊を防ぐため、「耐弾層」で覆われていました。戦後の堤体強化工事に伴い耐弾層を撤去したところ、露出したのがこの親柱。当時の土木技術を伝えるための近代土木遺産として保存展示されています。

こちらの高欄もまた完成時に設置されていたもの。同じく耐弾層撤去により出現したそうです。

ちなみに、奥にそびえるタワーは西武園ゆうえんちのアトラクション「富士見天望塔」。搭乗すると、この堤体や多摩湖を見渡すことができます。

こちらの遺構は排水路トンネル。大正12年に堰堤を盛り立てる際に、宅部川の水を堤の外に抜くために設置されたものであるそう。

絵になりすぎる取水塔

多摩湖を見渡していると、メルヘンチックな建物が浮かんでいるのを見ることができます。

なんだかムーミン谷みたいな雰囲気のこちらは村山下貯水池第一取水塔。貯水池から水を取り込むための施設です。

1925年に完成したもので、ドーム屋根と上部がタイル張り・下部がレンガ作りという外観が美しい姿。東京都の歴史的建造物にも選ばれています。

断面図は東大和市立郷土博物館にあります。こんな感じで水質や水温が安定した貯水池の深部から水を採取しているのです。

奥には1973年に完成した第二取水塔の姿も。同じ様式で造られた2つの塔は、多摩湖のシンボルです。

よくみると、奥には白いベルーナドーム(西武ドーム)の姿も見えます。本日は野球の試合が開催されており、歓声があふれ出していました。

2つに分かれた貯水池

先ほどの堤体の西側には、もうひとつ堤体が設けられており、村山貯水池を作り上げています。

こちらは車も走行可能な道路。多摩湖の中央を南北に横断する、橋としての役割も持っています。

もちろん歩行者と自転車も自由に横断可能。こちらもまた気持ちの良い道のり。特に、両サイドが水辺というのがたまりません!

さてさて、ダムのまわりをめぐる過程で「放光寺」というお寺にも立ち寄ったので、次回はそちらについて書こうと思います!つづく。

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