有珠山噴火の災害の痕跡を間近で見学することができる散策路。そこに並ぶのは、泥流に飲まれた公営住宅や公衆浴場、流されてきた橋といった建造物。被災した姿のままで静かに佇んでいます。
災害遺構を歩ける散策路
洞爺湖のそばにある「火山博物館」の2階の窓からは、廃墟のような建物を見ることができます。気になったので、博物館を出て裏手にまわって向かってみることに。

こちらは金毘羅火口災害遺構。有珠山の「2000年噴火」にて被災した建造物がそのまま保存されている場所。展望台が設置されており、それらを見渡すことができます。

この災害遺構、散策路が整備されているため、被災した建造物を間近で見ることができます。受付もなく入場料も不要ですが、開門時間および期間が決まっているのでご注意くださいね!
開園時間:9:00〜16:00
流されてきた橋
展望台から階段を降りて進む散策路。まずは、展望台から見えていた大きな住宅を目指します!

道中にあるのが泥流で流されてきた国道の橋、木の実橋。元の位置から90mほど流されて団地にぶつかり、さらに60mほど流されてここにたどりついたそう。

この泥流というのは、噴火によって積もった火山灰や土砂が雨よって流れ出たもの。火山灰や噴石などによる直接的な被害だけでなく、その後に発生するこの泥流も、人々の暮らしに大きな被害をもたらしました。
よく見ると街灯や欄干もそのまま残っています。これだけ大きな橋が流されてくる光景、いったいどんな様子だったんだろう。

泥流に飲まれた集合住宅
たどりついた住宅、こちらは桜ヶ丘団地。5階建ての集合住宅で、3棟あったうち、被害が大きかった1棟を保存展示しています。

1階は泥流によって埋まっていますが、向きによってはそのまま残っている箇所も。進入禁止のロープは張られていましたが、きっと侵入した人は多いだろうな。

南東側の壁には、大きな傷跡が。ここが先ほどの木の実橋がぶつかった場所かもしれません。

大きな被害を受けた団地ですが、住民全員が避難していたため被災者はゼロでした。ただし、避難命令が解除されるまでにかかったのは1年3ヶ月。その間は、立ち入りができず、家財道具などもそのままであったそう。
当時のまま残る公衆浴場
桜ヶ丘団地とともに残るのがやすらぎの家。1983年に建設された町営温泉浴場です。

備品が散乱した内部も覗くことができます。椅子や電気とともに、当時の自動販売機もそのままの姿で残されていました。



実はこの浴場、1999年に約一億円かけて修復されたばかりであったそう。わずか1年後に噴火の泥流が直撃、あっけなく閉業となってしまったようです。避難によって命は免れたものの、精神的に受けたダメージは計り知れませんね。。。
奇跡的に残った石碑
園内の奥にあるのはゆかりの碑。この場所には、かつて結核患者のサナトリウム(療養施設)である「北海道立教員保養所」がありましたが、1977年の噴火で施設の継続が困難な状況に。北海道生まれの彫刻家・安田侃(やすだ かん)に依頼して、1988年に建立されたのがこの碑です。

2000年の噴火で泥流の直撃を受けるも無事であったそうです。先ほどの団地の被害や橋が流れてきたことを考えると、そのすぐ近くで被害がなかったのは奇跡的。何か不思議な力を感じてしまいますね。
金比羅火口災害遺構散策路の滞在時間は、火山博物館からの往復時間も含めて、ゆっくり歩いて30分くらい。
散策路の先に進むと「有くん火口」「珠ちゃん火口」の火口巡りを経て、「西山山麓火口散策路」の北口につながります。この散策路にも、隆起した道路や被災した建造物が残されているため、すべて巡れば火山のエネルギーを強く感じられることでしょう。
今日は7月の真夏日。暑すぎて溶けそうなので今回はここまで。このあとは、今晩の宿のある札幌へと向かいます!ここ最近は女満別や釧路が中心だったので、ひさしぶりの札幌です!
アクセスと営業情報
| 開園時間 | 9:00~16:00 |
|---|---|
| 開園期間 | 4月25日〜10月31日 |
| 料金 | 無料 |
| 公式サイト | http://cmssv.town.toyako.hokkaido.jp/tourism/footpath/ftp002/ |
※掲載の情報は2026年7月時点のものです。最新情報は公式HPにてご確認ください。



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