不思議な魅力の陶棺がたっぷり『津山郷土博物館』(津山市)

岡山県

古来より人が暮らしていた美作(みまさか)地方の歴史を感じることができるミュージアム。古代生物パレオパラドキシアの骨格標本や、他ではあまりみかけない「陶棺」など、ユニークな展示が多数。特に津山城の復元模型は見ごたえあります!

訪問日:2026/4/29(水) ※掲載の写真・情報は訪問時のものです

重厚なたたずまいの博物館

ということで最初にたどり着いたのは岡山県の津山。B’zの稲葉さんの故郷としても知られるこの町、かつての城下町としての歴史を感じるスポットです。

津山観光センター駐車場に車を停めて、まずは津山郷土博物館へと向かいます!

レトロなたたずまいは、もともと昭和9年竣工の旧津山市庁舎であった建物。昭和57年に津山市役所が移転した後、昭和63年に博物館として開館しました。

入口前には、キリシタン灯籠と伝わる石造物も。

展示室は1階〜3階まで。それほど広くないため、さらっとなら30分ほどでも見ることができます。

パレオパラドキシアの骨格

来館者を出迎えるのは、パレオパラドキシアの骨格復元模型。

恐竜みたいな風格がありますが、約1500万年前である新第三紀中新世に生息していた哺乳類。カバやバクのような姿をしていたと考えられています。かつて津山の周りには海があり「古瀬戸内」と呼ばれる亜熱帯性の島嶼部であったそう。そんな暖かい海で暮らしていた生き物なのでしょうね。

実物の化石も展示されており、復元模型と見比べることができるようになっております。この化石は、工事現場にて中学生により発見されたそうです!

レアな埋葬施設・陶棺

ずらりと並ぶ不思議な物体。こちらは陶棺と呼ばれる、粘土を焼き固めて造った棺。

古墳の埋葬施設であり、木棺や石棺よりもレア。70%が岡山県、さらに県内の70%がこの地域から見つかっているそう。

よく見ると蓋と身、それぞれが2つに分かれて合計4つのパーツから形成されています。これだけ大きな構造物だと、湿った粘土の状態では重さを支えられずに壊れてしまうため、まずは蓋と身一体の大きな卵型の棺を作り、粘土がある程度乾いてから、4つに分割してそれぞれ焼き上げるという製法が取られていたようです。

この陶棺は、亀の甲羅のような「亀甲形」。他には、「家形」が存在しています。さらに赤茶色の「土師質」と、灰色の「須恵質」にも分類できるそう。

こちらは、須恵質家形陶棺となります。陶棺、奥が深いぞ!

古代国家の形成

和銅6年(713年)、備前国の6郡を割いて美作国(みまさかのくに)が作られます。国には郡を統括する国府という役所が置かれ、都から派遣された国司がいました。

こちらは美作国府の井戸のレプリカ。美作国府跡にて1972年の発掘調査で見つかった奈良時代の井戸。中心の井筒は丸太をくり抜いたものが使用されていました。

天平13年(741年)に聖武天皇による「国分寺建立の詔」が出されると、国分寺と国分尼寺が建立されます。美作国分寺伽藍模型(1/200)を見ると、七重塔を備えた大規模な姿を感じ取ることができます。

櫓が多すぎる津山城

戦国時代には尼子晴久が美作を制圧。その後は毛利元就、浦上宗景、宇喜多直家が侵攻、豊臣秀吉の全国統一過程で宇喜多秀家により平定されます。その後、慶長9年(1604年)、津山に入封した森忠政によって津山城が築かれます。

展示されているのは、縮尺1/150の津山城復元模型。5層の天守閣を備えた広大な城郭です。

特筆すべきは櫓の数!石垣の上に並ぶ数え切れないほどの櫓は壮観です。

なんでこれほどまでに立派なお城が必要だったのか、それはまた次回の「津山城」の記事にて!

 


そんなわけで40分ほどじっくりと楽しませてもらいました。特に陶棺は都内の「國學院大學博物館」でつい最近見かけたばかりだったので、本拠地に来れたぞという気持ちになりました。

このあとは、「津山城跡」と「つやま自然の不思議館」をめぐります!

アクセスと営業情報

JR津山駅から北へ徒歩15分ほど。

開館時間 9:00~17:00
休館日 月曜、翌祝、年末年始
料金 300円
公式サイト https://www.tsu-haku.jp/

※掲載の情報は2026年4月時点のものです。最新情報は公式HPにてご確認ください。

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