幾度となく災禍に見舞われてきたため、歴史資料がごくわずかしか残されていない墨田区。貴重な展示物などはほとんどありませんが、読み物はしっかりと作られており、その歴史を学ぶことができます。空襲に関する展示は、他にはない生々しさです。
墨田区の歴史ミュージアム
最近気が付いたのですが、東京23区は各区それぞれ郷土資料館を有しています。それぞれ歴史や文化をしっかりと展示しているので、めぐってみるのも面白そう!ということで、今回はスカイツリーがそびえ立つ墨田区へ。

すみだ郷土文化資料館は平成10年(1998年)に開館した資料館。建物は5階建で、1階〜3階が展示室となっています。1階と3階は撮影NG、2階の一部が撮影可能となっていました。

入館料はたった100円!月に1回ほど、日曜の午後にガイドさんの案内を受けることができます。今回たまたまガイドのお姉さんが来ており案内してくれるとのこと。マンツーマンでたっぷりと教えてもらいました!
さらっと区の歴史から
1階は貴重な歴史資料が多数・・・といいたいところですが、歴史資料はほとんど残されていません。そんな中で展示されているのは国技館より出土した「古墳時代の壺型土師器」や、正倉院の裏紙にたまたま残されていた「奈良時代の戸籍」。いずれも普通の博物館ではそれほど大きく取り上げられるものではありませんが、かつてこの地に人が暮らしていたという貴重な証拠の品なのです。
江戸時代に入ると、一気に都市化が進んでいきます。古くからの農村が広がる北部の「向島地区」に加えて、江戸の大半が焼けた大火災明暦の大火以降は南部の「本所地域」が本格的に開拓。区割りがされた街ができあがっていきます。
近代に入ると南部は工業地域として発展。花王、鐘淵紡績(カネボウ)、精工舎(SEIKO)など名だたる企業の工場が設置されていきます。大正12年(1923年)の関東大震災では一度更地になり、土地区画整とともに学校や工場が建築されます。
昭和20年(1945年)の東京大空襲では、本所地区96%、向島地区57%と、またもやその大半を焼失。人口は25%にまで減少してしまいました。
隅田川の洪水や江戸の火災、大正の関東大震災、昭和の東京大空襲と、常に天災や戦災に見舞われてきた墨田区。 歴史資料が保存されていないというのも、仕方のない状況です。
墨田区の2大有名人
中世の墨田区に関わりの深い著名な人物が在原業平。「伊勢物語」の主人公のモデルとされる人物であり、都落ちした際にこの地を通ったそう。
もう一人が梅若丸。京都の貴族の子供ですが、人買いに攫われてしまい、京から遥か遠く離れた隅田川の畔で命を落としてしまいます。梅若丸の母ははるばる梅若丸の眠る塚を訪ね、念仏を唱えると梅若丸が姿を表し、悲しみの対面を果たす、というストーリー。
室町時代には能として、江戸時代には歌舞伎や浄瑠璃にもなった人気のお話。墨田区の木母寺(もくぼじ)に、梅若丸のお墓があり、「聖地めぐり」感覚で多くの人が訪れたそうです。
隅田川と墨堤
隅田川の墨田区側の土手は「墨堤(ぼくてい)」と呼ばれています。2階展示室にはそのジオラマも。詳しい説明はありませんが、桜並木の下を進む手漕ぎ船、洋装、キリンビールの看板から、おそらく明治時代あたりでしょうか。

このジオラマは、10分に一度、朝から夜まで変化するという演出があります。喧騒と太鼓の音、歌まで聞こえてきてにぎやかな雰囲気ですが、日が暮れて満月が浮かび、提灯に明かりが灯ると幻想的な姿に変わります。

墨堤は墨田区のシンボルのひとつ。この墨堤と隅田川を組み合わせて「墨田区」という名称が作られたそう。いつも墨田か隅田か分からなくなっていたのですが、これでもう間違えない気がします!
他には吾妻橋1/100の模型もあります。もともとは安永3年(1774年)に民間によって架けられた橋であり、明治9年(1876年)に西洋風の木橋に、洪水で流されたため明治20年(1887年)に隅田川最初の鉄橋として蘇りました。

昔のくらしと道具
2階では「すみだの昔のくらしと道具」というテーマ展示。洗濯板や炭火アイロンなど、家電以前の道具にはじまり、昭和の炊飯器や扇風機なども展示されています。

こちらは手回し製粉機。豆や雑穀を粉にする道具です。終戦直後の食料不足を補うために、「福禄ストーブ」という埼玉県川口の会社が造ったもの。

自由に体験できるものもあります。この銭桝(ぜにます)は硬貨を一度に数えるための道具。針金が仕切りになっており、硬貨を載せて振ると、マス目にハマっていきます。

わざわざ道具を使わなくても積み重ねればその高さでわかるのでは・・・そう思ったのですが、現代の硬貨と異なり昔の硬貨は不ぞろいなものも多く、積み重ねてのカウントは難しかったようです。
生々しい空襲の絵画
2階の展示室の一角は東京空襲のコーナー。空襲の様子を描いた絵画が多数展示されています。

ここに掲げられている絵のほとんどは、芸術家のものではなく、戦争体験者が描いたもの。振り注ぐ焼夷弾、赤く燃える街、逃げ惑う人々、空襲の後に積み上げられた真っ黒な亡骸…。トラウマになりそうな描写が続きます。
あくまで普通の人が当時を思い出して描いたものであるため、正確性にかける部分もあります。しかし、芸術性を追求していない分、描写は非常に生々しい。きっと心に秘めていた光景もあるのではないでしょうか。
こちらはB29の通信装置。空襲におけるアメリカ軍の主力爆撃機であり、3月10日の東京大空襲では325機も出撃しました。どのような経緯でここに置かれているのかは定かではありませんが、絵画に囲まれて静かに眠っているようでした。

そんなわけで、数多くの困難を乗り越えてきた墨田区の歴史をたっぷりと知ることができました!普通に見るだけなら30分くらいで十分なボリュームですが、ガイドさんと話しながらじっくり見学していたところ、2時間も滞在してしまったぞ!!
アクセスと営業情報
都営浅草線の「本所吾妻橋駅」より徒歩10分、または東武スカイツリーラインの「とうきょうスカイツリー駅」より徒歩10分。
| 開館時間 | 9:00~17:00 |
|---|---|
| 休館日 | 月曜、第4火曜 |
| 料金 | 100円 |
| 公式サイト | https://www.city.sumida.lg.jp/sisetu_info/siryou/kyoudobunka/ |
※掲載の情報は2026年3月時点のものです。最新情報は公式HPにてご確認ください。


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