隠れキリシタンの里『紫福地区』に残るキリシタン遺跡めぐり(萩市)

山口県

萩市にある紫福(しぶき)地区は、かつて弾圧を逃れたキリシタンたちが信仰を続けた歴史が残る地域。「長久寺」「キリシタン祈念地」「仏光寺」とめぐり、信仰の跡をたどっていきます!

訪問日:2026/5/2(土) ※掲載の写真・情報は訪問時のものです

静かな山里の紫福地区

山口を治めた大内氏はキリシタンを保護し、多くの人たちが信徒となりました。しかし、毛利氏の時代になると、江戸幕府による禁教令が施行され、キリシタンに対する弾圧がはじまります。

迫害を受けた信徒たちが移り住んだのが、萩市の山の中にある紫福地区。そこにはキリシタン墓やマリア観音といった信仰の証となるものが多数残されています。

このあたりは田畑が広がるとっても静かな地域。コンビニはおろか、お店などもほとんどないので、買い物やトイレは事前にどこかで済ませておくのがおすすめです。

今回は「大板山たたら製鉄遺跡」を訪ねた後、いくつかの史跡をめぐってみることにしました。時刻は17:30。日没が近いため、ちょっと急ぎ足!

長久寺

まずは「大板山たたら製鉄遺跡」の近くにある長久寺へ。赤瓦が美しいお寺で、ツツジやフジの花がキレイに咲いていました。

本堂向かって左側にあるのが子どもを抱いた観音像。マリア像になぞらえたマリア観音であり、キリシタンの信仰の対象であったと考えられています。

マリア観音の左にある石造物は、石灯籠に見えてキリシタン墓であるそう。

本堂の左奥に安置されているお地蔵様、こちらも十字架を携えています。

山門の前に並ぶお地蔵様もよく見ると十字架を持っています。これらのお地蔵様はキリシタンたちによって造られたのでしょうかね。

伴天連墓

次に向かったのは伴天連墓。鉄心寺というお寺があった跡地にあるようです。

車で向かったところ、なかなか見つからず目の前の道路を何往復かしてしまいました。駐車場もないため、少し離れた路肩のスペースに停めた後、歩いて向かいます。

このスロープが入り口のようです。設置されたフェンスはおそらくイノシシ除けの扉。すぐ開くかと思いきや、ロープでしっかりくくられており開けられません!

ということで、ここまで。ウワサによると六角形の墓石が並んでおり、宣教師の墓ともいわれているそうです。

キリシタン祈念地

続けて向かうのはキリシタン祈念地。メインとなる「山口県道10号(山口福栄須佐線)」から一本入ったところにあるのですが、そこに至る道が細すぎます!車で入らない方が良いです。とはいえ駐車場は見当たらないので、少し離れた路肩に停めて歩いていくことにしました。

道中にはイノシシ避けの柵。先ほどの伴天連墓と異なり低いので、よいしょとまたいで進めます。

木々に包まれた中、石垣にずらりと並ぶのは苔むした祠。これらはキリシタン墓であり、中には石仏が見えます。

ここは各地に残っていたお墓を集めた場所。おそらくこの地区に残る遺跡の中で最大規模です。

そびえ立つ石の十字架は、キリシタン関連の場所であることを強く物語ります。

仏光寺

日没も近づいてきたため次がラスト。最後に向かったのは仏光寺。寛文年間(1661〜1672年)に創建された歴史のある寺院で、茅葺きの立派な楼門を持っております。

本堂向かって左の奥へ進むと墓地があります。その奥地にあるのがキリシタン墓地

先ほど祈念地で見たのと同じかたちの墓石が並んでいます。内部を覗いてみると、手を合わせて祈るかのような石像の姿が。


今回めぐったのは「長久寺」「キリシタン祈念地」「仏光寺」の3か所。この地区には「三位一体の像」や「黒須の石室」など、他にも多数のキリシタン関連資産があるようです。次に来たときは、もっと深堀りしたいところ。

潜伏キリシタンに関する土地をめぐっていると、その地域によって歴史は大きく異なっています。近くの津和野では厳しい弾圧がありましたが、ここではそういった事件はおこっていないよう。信徒たちは上手く隠して信仰を繋いできたのでしょうね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました