石棚のある石室に祀られた地蔵『穴地蔵古墳』(敦賀市)

福井県

敦賀市にある穴地蔵古墳は、石室内に石棚を持つ珍しいタイプの古墳。中世以降は地蔵が安置され、信仰の場として姿を変えていました。観光客がまず訪れない少々マニアックな古墳ですが、アクセスは良好でした!

訪問日:2026/5/7(木) ※掲載の写真・情報は訪問時のものです

立ち寄りやすい古墳

「氣比神宮」の参拝も済ませ、「気比の松原」へ向かう途中に立ち寄ったのが穴地蔵古墳。Google Mapでたまたま見つけたので訪ねてみることにしました。

古墳はときおり非常に見つけにくかったり、険しい道を進まなくてはいけないことがあるため注意が必要です。この穴地蔵古墳は入り口が道路に面しているため一安心。

でもまだ不安は残ります。もしかしてめっちゃ深い森の中だったらどうしよう。訪れる人が多くない場所は、蜘蛛の巣だらけだったり、「藪漕ぎ」が必要なときもあります。

すぐに手すり付きの石段があり、その先に墳丘が見えてきました!整備されており、なおかつアクセス良好な古墳で良かったです!

小規模な円墳

この穴地蔵古墳は、7世紀前半頃に築かれた円墳。墳丘の直径は11m、高さ3.6mという小型の古墳です。

昭和53年(1978年)には福井県指定史跡指定。平成12年(2000年)に発掘調査が実施されており、須恵器、土師器、鉄製の馬具片などの出土品が見つかっています。

6世紀〜7世紀にかけて敦賀半島一帯では、土器を用いて海水から塩をつくる土器製塩が盛んになります。この古墳も、そんな製塩集団との関わりが深いのではと考えられているそうです。

墳丘の南東には横穴式石室があり、現在も保存されています。自由に入ることができるので、ちょっとお邪魔しますね!

石室に残る石棚

花崗岩の石室は、幅1.6m・高さ1.8m・奥行き4.8mという規模。それほど深くないので、ライトがなくても大丈夫です。

特徴は、玄室に石棚を持つということ。その名の通り、棚のように石板が設置されているのです。このような石棚を持つ古墳は、「紀伊(和歌山県)」「阿波(徳島県)」「吉備(岡山県)」で見つかっておりますが。この近くでは、敦賀市内の「鳩原2号墳」「白塚古墳」、美浜町の「浄土寺2号墳」、滋賀県高島市の「斎頼塚古墳」くらいであるそう。

その目的ははっきりしていませんが、副葬品を納める台や祭祀の場であったと考えられています。構造的な補強が目的という説もあるそうです。

地蔵信仰の跡

そんな石棚に納められているのはお地蔵様。3体並んでおり、そのうちの1体は永正15年(1518年)のものと刻まれているそうです。もともとは埋葬施設であったはずですが、中世には地蔵信仰の地として再活用されていたのでしょうかね。

明治時代のはじめごろまで、この古墳は石室の前にお堂が建てられていたそう。石室の入り口をよく見ると、柱を支える礎石のようなものも見えます。この際に羨道は改変されているそうです。

古墳の手前には石造物が安置されています。お堂や塔の装飾にしようされる「宝珠」のようなもの。これはいったいなんでしょうか。もしかして、五輪塔の一部だったりしますかね。

立て札に記されているのは以下の言葉。

ありがたや あなありがたや あなじぞう にせあんらくに すぎるまつあい

二世安楽(にせあんらく)とは、仏教用語で現世と来世の両方で、安らかで苦しみがない安楽状態を得るということ。立て札はまだ新しいので、地蔵信仰が今も息づいているということでしょうかね。

アクセスと見学情報

駐車場はないので、近くの路肩の広いところに路駐して見学しました。市街地から離れていますが、意外と交通量が多い道なのでご注意ください。

見学時間 24時間
料金 無料
公式サイト 不明

※掲載の情報は2026年5月時点のものです。最新情報は公式HPにてご確認ください。

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