巨大な七重塔を持つ寺院の遺跡『武蔵国分僧寺跡』(国分寺市)

東京都(市町村部・多摩地区)

奈良時代に建立された国分僧寺。その跡地は遺跡として保存されており、自由に見学可能。広大な規模を持つ寺院の跡は、公園として利用されており、とっても長閑な雰囲気でした。

訪問日:2026/6/14(日) ※掲載の写真・情報は訪問時のものです

大規模な寺院の遺跡

前回訪ねたのが武蔵国分尼寺。今回は、尼寺と対になる国分寺跡を巡ります!尼寺とは、府中街道こと都道17号線をまたいだ反対側に位置しています。

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国分僧寺は東西約156m、南北約132mという大規模な寺院。金堂、講堂、鐘楼、経蔵、そして七重塔などの伽藍が立ち並んでいました。国分尼寺と同様に一部復元されている箇所もあるようです。

国分尼寺が見ごたえあったので楽しみです!

寺院跡の参道を進む

南側から向かうと、再現された参道のお出迎え。入り口には案内とともに、当時の範囲を示したジオラマも置かれています。

参道上にあるのが南門跡。本来ならば「南大門」なのですが、出土した瓦が少なく基壇も見つからないことから、簡素な門であったと考えられています。そのため南大門ではなく、南門と呼んでいるそう。

参道の先にあるのが中門跡。ここには東西約9.5m、南北約5.9mの八脚門が建っていたそうです。

レンガが美しい金堂跡

中門の先にあるのが、本尊を安置する金堂跡。石垣で基壇が再現されているのですが、これがレンガ敷き!赤茶色や黒など、異なる色合いのレンガはモザイクアートのような仕上がり。

実際に発掘調査では古代のレンガ「塼」が出土しており、その色合いを再現しているそうです。

金堂の規模は東西約36.1m、南北約16.6m。内部には須弥壇があり、釈迦如来像と、脇侍の文殊菩薩・普賢菩薩、四天王像が安置されていたそうです。案内板にはイラストが描かれており、とってもイメージしやすいです!

金堂の手前には立ち並ぶ柱。これは幢幡という旗を吊るした柱、幢竿遺構ですね!国分尼寺で覚えました!上に掲載したイラストの右側にも、凧みたいな旗がしっかり描かれていますね。

瓦が詰まった講堂跡

金堂の奥にあるのが講堂の跡。経典などを購読するための施設です。

東西約34.4m×南北約22.6m。一度大規模な工事が行われ、東西は42.2mにまで規模を拡大したそう。

再現された基壇は実際の1/3ほどの高さであるそう。瓦が積まれていますが、これは東日本最大級の瓦の産地である埼玉県の鳩山町の瓦が使用されています。

一部には、発掘調査によりこの遺跡から出土した瓦もあるとのこと。東側の中央1mとのことなので、ちょっとだけ色味が異なるこのあたりでしょうかね?目印は見当たらないため、ほぼ私の勘です。

謎が残る七重塔跡

少し離れたところには七重塔跡があります。ここには推定60mにも及ぶ巨大な塔が建っていたそう。

現存する五重塔は、奈良の興福寺が50m、京都の東寺が55mなので、それ以上の規模ということになります。これまではなんとなくだった寺院の規模、一気にその大きさを感じてきました!

塔跡の中心には、心柱の位置と太さを表す丸太が置かれていました。

焼損した宇瓦(のきがわら)が出土したことから、この塔は承和2年(835年)に雷で焼失したと考えられています。その後再建され、10世紀前半くらいまでは存続していたそう。

ここで驚きですが、地中のレーダー調査により、もう1ヶ所の塔跡が発見されます。先ほどの再建時の塔跡とも考えられていましたが、出土した瓦が少ないことこから建設まで至らなかったという説も。2つ目の塔跡がどのように利用された場所だったのか、これはまだはっきりとしていません。

2つめの塔跡は、1つめの西に55mとのことなのでこの辺りかな?遠くから基礎の跡に見えたところは、もぐら塚でした。

中学校にある資料展示室

国分僧寺跡のすぐ近く、国分寺市立第四中学校の体育館の一角には文化財資料展示室が設置されており、無料で見学可能。

内部は2部屋だけの小規模な展示室。遺跡の出土品や国分尼寺に関する映像も見ることができます。

この展示室がある場所は遺跡であり、中学校の建設の際に遺跡の保存をめぐって反対運動が起こったそう。その際に改めて行われた発掘調査では、「鉇(やりがんな)」や「刀子(とうす)」といった工具が出土。建物の修繕を行う機関、「修理院(しゅりいん)」があったと考えられています。

他には、海事史・法制史学者でありながらも「古瓦コレクター」であった住田正一による「古瓦コレクション」も展示されています。全国各地68のうち60に赴き集めたという国分寺瓦。尾張国、近江国、信濃国など、各地の瓦は見比べてみると色味や刻まれた絵柄は様々。

常駐されているおばさんとおじさんは、フレンドリーで優しい雰囲気。ちょっと癒されました。

さてさて、国分寺の跡をめぐってきましたが、実は現役の国分寺もあります!詳しくは次回に。

すぐ近くにある「おたかの道湧水園・武蔵国分寺跡資料館」には、武蔵国分僧寺の1/200模型や、1/10で再現された七重塔があります。合わせての訪問がおすすめです!(詳しくは次々回に)

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