津和野城の城山の一角に鎮座する稲成神社。麓から続く千本鳥居の先には、注連縄が下がる立派な社殿が建てられています。様々なおみくじがそろう中で、結果が2つしかない超極端なおみくじを見つけてしまいました!
城の鬼門を守る神社
「津和野のおいなりさん」と称される太皷谷稲成神社。創建は安永2年(1773年)。津和野藩7代藩主・亀井 矩貞(のりさだ)によって、津和野城の鬼門に京都の伏見稲荷大社を勧請して創建されました。藩政時代は、藩主のみが参拝を許されていた神社であったそう。

麓から見ると、山の中腹に赤い鳥居が連なる様子を見ることができます。表参道は千本鳥居が連なる朱の道。ただし山の上にあるため、麓から向かう場合は263段を登る必要があります。
安心してください、社殿のすぐ近くまで車道が伸びています!
津和野城跡観光リフトが道中にあるため、津和野城と合わせて車で登ってきてしまいました!

五大稲荷に列するお稲成さん
大きな注連縄が特徴的な、立派な新殿。御祭神は宇迦之御魂神(うがのみたまのかみ)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)。願望成就・大願成就の大神様として信仰されています。

私はすっかり見逃してしまったのですが、この社殿の裏手には「新殿裏参拝所」という、祭神に最も近い参拝所があったようです。
ここは日本五大稲荷の一社とのこと。公式サイトによると、他の4社は伏見稲荷大社(京都)・笠間稲荷神社(茨城)・竹駒神社(宮城)・祐徳稲荷神社(佐賀)であるそう。特徴的なのは「稲荷」ではなく「稲成」と書く点で、「願いが成就する」という意味が込められているそうです。

吊るされているのは狐面の絵馬。ペンで目を入れたり、鼻や口をくわえたりして仕上げるタイプ。まるでネコみたいになっているのもあり、奉納者の個性が光ってます。


神社の歴史を伝える元宮
境内に建つ木造の風格ある社殿。こちらは元宮といい、旧社殿にあたります。

当初は「稲成神社」として創建したこの神社。慶應3年(1867年)に神社整理が行われ、乙女山に鎮座していた熊野権現社が遷座され、その際に社号は「熊野神社」となります。

大正12年(1923年)に現在の元宮の社殿が建立され、昭和2年(1927年)に熊野神社から「稲成神社」と改称しました。旧社殿となるこちらは、昭和44年(1969年)に新殿が建立されたのちに「元宮」と改められたのです。
ちょっとややこしいのですが、整理すると稲成神社→熊野神社→稲成神社という経緯でしょうかね。
元宮の背後に鎮座するのは命婦社。稲成大神お使いの夫婦の白狐神・命婦専女神(みょうぶとうめのかみ)を祀っています。命婦社での祈りは、京都の伏見稲荷大社に通じるとの伝説が残っているそうです。

連なる千本鳥居
ここに来たらぜひ見ておきたいのが、表参道に連なる千本鳥居。麓から向かう場合は自然にここを通りますが、今回は車で山を登ってきてしまったので、神門からちょっとだけ降りて見に行くことにしました。

連なる朱色の鳥居。京都の伏見稲荷に比べると一つ一つのサイズは小さめですが、密度がぎっしりしているので、赤い迷宮みたいな写真が撮れます。


どれくらいの角度・距離で撮るのが一番きれいかなと試していると、野球部の少年たちが全力ダッシュで登ってきました!みんなすれ違いざまに「こんにちはー!」と挨拶してくれます。息が上がっているはずなのに、なんて礼儀正しいのでしょうか。
ユニークなおみくじ
ここの特色としてあげられるのが、おみくじのバリエーション。狐のフィギュアが出るガチャガチャ式の「狐玉みくじ」や、金色の小判の形の「小判みくじ」など、様々なおみくじがそろっています。
やたらかっこいいのは「白黒御籤」。なんと、大吉か凶しかないという超極端な仕様なのです。白黒はっきりつけたいような時代ですものね。

やってみます!!!!



アクセスと参拝情報
| 開門時間 | 参拝自由 |
|---|---|
| 料金 | 無料 |
| 公式サイト | https://taikodani.jp/ |
※掲載の情報は2026年5月時点のものです。最新情報は公式HPにてご確認ください。


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