ドラゴンが潜むラストダンジョン『江の島岩屋』(藤沢市)

神奈川県

多くの観光名所が集まる江ノ島で、最も奥地にある洞窟。修行の場であり、信仰の対象でもあった岩屋は、深い歴史を持っています。この洞窟には龍神伝説が残っており、最深部には光に照らされた龍が待ち構えています。

営業時間:9:00~18:00 ※季節によって異なる
料金:500円
訪問日:2020/8/15(土)

アクセスにおすすめな「べんてん丸」

江の島岩屋があるのは、江の島の最奥地。稚児ヶ淵のさらに奥、赤い橋を渡って進むと岩屋の入口が見えてきます。様々な見どころのある江の島において、まるでラストダンジョンのようなポジションです。

最寄り駅は小田急線の片瀬江ノ島駅ですが、そこから徒歩で40〜50分かかります。江の島弁天橋を渡り、階段もしくは有料エスカレーター「江の島エスカー」で登っていく長い道のり。途中にはお店や食事処、江島神社などの見どころが多く決して退屈な道のりではありませんが、起伏の多い道のりはなかなかハード。

体力に自身が無い方や、炎天下の日に訪問したときなどにおすすめなのが弁天橋から出航しているべんてん丸。5分間隔で運行している渡船ですが、これに乗れば一気に稚児ヶ淵までショートカットできてしまいます。運賃は400円と、江の島エスカーを利用するよりも安上がり。

所要時間はたったの7分。揺れも少なく乗り心地も抜群、島旅気分が存分に味わえる爽快な海路です。

絵になる洞窟

江の島岩屋は6000年ほど前から波によって削られ続けてできた海食洞窟で、一歩足を踏み入れると真夏でも冷んやりした空気が流れます。入口付近では、岩屋の案内や江の島の歴史&自然を紹介したパネルが並びます。

細い洞窟は、すぐに広い空間へ。水に浮かぶのは与謝野晶子の歌碑です。

洞窟の奥地には、富士山の鳴沢氷穴に繋がるといわれている穴が開いています。手前にあるのは日蓮の寝姿石。波の力で自然にできたものだそう。

江の島岩屋の洞内は、第1岩屋と第2岩屋の2つの洞窟に分かれています。途中には、青空を切り取ったような人気のフォトスポットもあります。

信仰の歴史を物語る石造物

修験道の開祖・役行者(えんのぎょうじゃ)をはじめ、真言宗の開祖・空海や第3代天台座主の円仁、時宗の開祖である一遍など、多くの僧侶が修行を行った場所としても知られている古い歴史を持つ江の島岩屋。

鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」では、源頼朝が弁財天を勧進。それをきっかけに江の島信仰がスタート。江戸時代には庶民の信仰の対象として大いににぎわいます。
人々は、岩屋へ参詣する「岩屋詣で」の度に石造物を奉納していました。洞窟内には、弁財天像や役行者像、弘法大師像やとぐろを巻いた蛇のカタチをした巳像など今でも多くの石造物が残っています。

こちらは江島神社の発祥の地。一説によると、源頼朝よりもずっと昔の552年、欽明天皇の勅命によりにこの場所に鎮座されたともいわれているそう。

洞窟奥地に潜む龍

第2岩屋の最奥に鎮座するのはドラゴン!ブルーとピンクに照らされており、周囲には唸り声が響きます。

これまでの神秘的な雰囲気とは打って変わって、アトラクションのようなテンション。少しだけお化け屋敷のようでもあるので、近くにいたお子様はかなり怖がっていました。

なぜ突然龍が現れるのかといいますと、江の島には龍にまつわる「龍神伝説」が残っているのです。

5つの頭を持つ龍の伝説

鎌倉の深沢に5つの頭を持つ「五頭龍」が住んでおり、人々に悪さを行っていました。
あるとき海底が隆起して江の島が誕生し、そこに天女が降り立ちます。龍は天女の美しさに魅せられて求婚するも、「悪事を改めるまでは」と断られてしまいます。
龍は天女のために改心し、人間を守ることを誓います。天女はこれを信じ、めでたく夫婦となりました。
その後、五頭龍は人々のために尽くし、最期は龍口山という山となり人々を見守り続けているそう。

この龍の話を聞いて真っ先に思い浮かぶのがギリシャ神話のヒドラ。複数の頭を持つ多頭の龍であるという特徴が一致しますが、恐ろしいモンスターとして描かれることが多いヒドラに比べるとなんだかとっても「良い話」。もしかしたら、江戸時代あたりに庶民の信仰を集めるため、脚色されているのかもしれません。

※補足すると、深沢は今でいう湘南モノレールの湘南町屋駅・湘南深沢駅の辺りで、龍口山は湘南江の島駅の裏手にある山です。

北条家家紋に込められた秘密

岩屋内に吊るされた紋章、こちらのトライフォースは北条家の家紋。江ノ島には、先ほどの五頭龍以外にも龍の伝説があり、それはこの家紋と深く関わっています。

鎌倉幕府の初代執権・北条時政は、あるとき江ノ島に35日間籠もって子孫繁栄を祈願していました。
最後の夜、時政の目の前には、突如美しい女性が現れます。その女性は「汝の子孫は栄華を誇るが、政道に違うことがあれば滅びる」と言い残し龍の姿になって海の中へと消えて行きました。時政は祈りが届いたと喜び、そこに残った3つのウロコを家紋にしました。

北条家の家紋が「三つ鱗」という名の紋であることは知っていたのですが、まさか龍のウロコだったなんてカッコ良すぎます!なお、この北条時政から始まるいわゆる鎌倉北条氏は、その後7代続いた後に滅亡してしまいます。どこかで道を誤り、龍の加護が解けてしまったのでしょうか。


見学所要時間は、20~30分ほど。歴史も感じられるし、アトラクション的な楽しみ方もできる、とっても魅力的な場所でした。そして、夏場にぴったりの冷んやりスポットでもありました!

コメント

  1. […] […]

  2. […] 実際に江の島の奥にある「江の島岩屋」には、「鳴沢氷穴に繋がるといわれる穴」が存在します。このような話が出てくるということは、通り抜けたと語る人物がいたなど、何かそれにまつわる出来事があったのかもしれませんね。 […]

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