巨大な石垣の上に小さく構える天守、とってもアンバランスな組み合わせの丸亀城。現存12天守のひとつにも数えられる歴史の深い城郭ですが、ここには少々怖い伝説がありました。
不思議な外観の城郭
丸亀駅の南に1km弱のところにそびえ立つ丸亀城。室町時代の初頭、奈良元安という人物によって造られた砦がルーツといわれており、戦国時代には生駒親正が治める高松城の支城として整備されます。
江戸時代に一国一城令が施行されるも、藩主・生駒正俊によって上手く守られます。明治時代の廃城令や、昭和の戦火も乗り越え、現在も残る天守閣。全国に12しか残っていない「現存天守」のひとつでもあります。
日本の多くのお城には別名がついています。姫路城なら「白鷺城」、岡山城なら「烏(カラス)城」のようにかっこいい別名がついていることが多いです。この丸亀城の別名は・・・「亀山城」。あまりイメージが変わりません。
そんな丸亀城ですが、近づいてみるとなんだか違和感。天守閣と石垣が妙にアンバランスに見えます。天守閣が小さい、もしくは石垣が大きいのでしょうか。
調べてみると、天守は現存12天守の中で最小。そして、石垣の総高は日本一の高さなのです。どっちも兼ね備えていました。
城内を進み本丸へ
大手門から入るとすぐに登り坂。このそびえる石垣、高いところで約20mもあるのだそう。
石工名人である羽坂重三郎という人物が築いたと伝えられています。この名前、後ほど登場しますのでちょっとだけ覚えておいてくださいね!
三の丸、二の丸と越えて、ついに最上部である本丸へ。目の前には開放的な景色が広がり、登ってきた疲れもふっ飛びます!
右奥に見えるにょきっとした山は飯野山。別名讃岐富士とも呼ばれるきれいな山です。
コンパクトな天守
天守閣に到着しました。麓から見たときはとても小さく見えた天守閣ですが、間近で見ると大きく・・・は見えません。高さは15mとやっぱり小さいです。現存天守・模擬天守含めても、こんなに小さい天守閣、他にあるのでしょうか。
内部は3階建てとなっておりますが、上の層へと進む階段が急すぎます!ハシゴに近い階段は「現存天守あるある」なので覚悟していたのですが、予想よりも遥かに険しいです。
たどり着いた最上階。ワンルームのアパートくらいの広さです。
そんなわけで超コンパクトな天守ですが、眺望は抜群!石垣が高いため、広範囲まで見渡せます。
恐怖の伝説が残る井戸
さて、そんな丸亀城の二ノ丸には井戸があります。こちらは深さ65m、「日本一深い井戸」であるそう。詳しく調べたわけではありませんが、おそらく「城郭にある井戸として」と付けた方が良さそうな気がします。
(左側の屋根があるのが井戸です。)
井戸というのは様々な謂れがあるものですが、この井戸も例にもれずそんな話があります。そのエピソードに関わるのが、先ほど石垣のときに登場した羽坂重三郎。石垣が完成すると、城主は「この見事な石垣は誰も登ることはできないだろう」と褒め讃えます。すると、重三郎は「私ならば簡単に登れます」と、鉄の棒を使っていとも簡単に登ってしまいました。
これを見た城主は重三郎が敵に通じることを恐れます。嘘の井戸の調査を命じて、井戸に埋めてしまったそう。作者を殺してしまうなんて、どこぞの牛の拷問具のような恐ろしい話です。
豆腐売りの人柱
昨晩泊ったゲストハウス「ウェルかめ」で見せてもらった本には、丸亀城のちょっとコワイ話がもう一つ掲載されていました。
丸亀城を造る際、堅固な城をつくるには人柱が必要ということになりました。しかし、人柱に相応しい人物が見つかりません。
その頃、毎晩豆腐を売りに来る男がいました。「あいつを人柱にしてしまおう・・・」と、何も知らずに豆腐を売りに来た男を皆で引っ捕らえて、埋めてしまったそう。それ以降、毎晩「とうふ~とうふ~」との声が地中から聞こえるようになったといいます。
これはさすがに豆腐売りが可哀想すぎます。しかも堅固な城を築くのに「豆腐」というのも、なんだかあまり良い印象がありません。人柱を肯定するつもりは全くありませんが、丸亀城は現代でもこうして残されています。豆腐売りの命は無駄ではなかったと思いたいものです。
アクセスと営業情報
JR「丸亀駅」から徒歩約15分。丸亀駅前で自転車を借りるのもおすすめ。普通自転車なら6時間まで200円、終日300円とお手頃価格です。
開門時間 | 9:00~16:30 |
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休城日 | 無休 |
料金 | 400円 |
公式サイト | https://www.city.marugame.lg.jp/site/castle/ |
※掲載の情報は2024年3月時点のものです。最新情報は公式HPにてご確認ください。
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