琉球王国時代から続く由緒ある神社、識名宮(しきなぐう)。境内の奥には洞窟があり、神社が創建される以前から続く信仰のはじまりの場所となっています。立派なガジュマルも見ごたえありです。
琉球八社のひとつ
那覇にある識名宮は琉球八社に数えられる由緒正しき神社。首里城の南側に建ち、国王が国家安泰・五穀豊穣・疫病退散を祈願する場所として信仰されてきました。
他の琉球八社と同様に熊野権現を祀っています。末吉宮は「熊野新宮」に、普天満宮は「熊野那智」に、そして識名宮は「熊野本宮」と、それぞれ熊野三山に見立てて信仰されていたそう。
斜面を登った先、道路に面した鳥居が境内の入り口です。

赤瓦の社殿と狛犬
鳥居の先にあるのは社務所と手水舎。塗装はまだ新しくとっても鮮やか。参道の落ち葉も払われており、清々しい気持ちになれます。

セメントの鳥居と、境内を囲む石垣。石材は、琉球石灰岩というサンゴや貝殻が堆積してできた石を使用しています。

立派な拝殿は赤瓦の屋根が沖縄らしく輝きます。もともとは三間社流造り・本瓦葺きの建築でしたが、戦災で焼失してしまいます。現在の建築は昭和43年(1968年)に再建されたものであるそう。

拝殿の前に置かれた狛犬は、鞠のような球体に手をかけた独特なスタイル。顔つきも狛犬というよりは龍のように見える、個性的な姿です。

信仰のはじまりの洞窟
本殿の奥には、赤いフェンスの備え付けられた洞窟が。ここは、神社が建立される以前の拝所(うがんじゅ)であった場所です。

この神社の創建にまつわる、こんな話が残されています。
この洞窟、毎月1日と15日に扉を開門しています。洞窟内の御神体は既に本殿に移動しており何もないそうですが、古来の信仰を大切にしているとのことでした。

立派なガジュマル
洞窟の上にそびえ立つのは巨大なガジュマル。大きく枝を広げた姿は荘厳です。

先ほど宮を守ることになった大阿母に関わる伝説がもうひとつあります。
謎の午ぬふぁ神
識名宮の御祭神は以下の五柱。
・速玉男命
・事解男命
・午ぬふぁ神
・識名権現
気になるのは「午ぬふぁ神」という聞き慣れない名前の神様。
掃除をしていた神職の方に尋ねてみたところ、「午」は南、「ぬふぁ」は方であり、首里城の南の方角を守る神様であるそう。現在では、午年の方も縁を感じて参拝に訪れることもあるようです。

この神職の方が教えてくれた話が非常に面白い!琉球の方言「めんそーれ」は「参り候へ」、坂道を表す「ビラ」は「平坂」といったように、日本古来の言葉が変化したものが多数残っているそう。信仰に対しても自然を崇拝する原始的な信仰が残っており、日本本来の姿を残す場所。最も日本らしい場所はここ沖縄だと感じているそうです。
ヤマトと琉球は別の国であったという認識が強かったのですが、このような見方もあるのですね!
神職の方が「ここは南を守る神社だけど、西と東と北もあるから調べてみてね」とのこと。次に沖縄に来るときは探してみます!!
アクセスと参拝情報
今回私は牧志駅から、シェアサイクル「ちゅらチャリ」を利用しました!20分くらいですが、ひたすら上り坂でなかなかハード。電動自転車でも大変だったので、普通自転車はかなりキツイと思います。
通りから一本入ったところに、広い駐車場があるので車でのアクセスも可能です。
| 開門時間 | 参拝自由 |
|---|---|
| 料金 | 無料 |
| 公式サイト | http://sikinagu.com/index.html |
※掲載の情報は2025年12月時点のものです。最新情報は公式HPにてご確認ください。


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