江戸から京都を結ぶ中山道。69箇所の宿場町それぞれの紹介から、道中の案内まで、とにかく情報満載な資料館。屋外には再現されたミニチュア中山道があり。実際に歩くこともできます。館長さんの中山道に対する愛がぎっしりとつまった情熱空間です。
中山道ってどこ?
69もの宿場町があった中山道において、標高1,000mという最高所にあった宿場町・追分宿。そこにあるのが今回ご紹介します中山道69次資料館。
入るとすぐに目につくのは中山道のルートマップ。すかさず館長さんの解説がはじまりました!
(わかりやすくするために、カラーペンで追記させてもらっています)
中山道は、東京日本橋から京都三条大橋を結ぶ約500kmにわたる長い街道です。峠も多くかなりハードな道のりだったようですが、江戸時代の人はわずか15日で歩き抜けてしまっていたよう。
日本橋を出発した中山道は、途中下諏訪にて甲州街道と合流します。距離も短く、峠もほとんどない甲州街道の方がどう見ても楽なルート。しかし、当時の交通量は2:1で甲州街道の方が少なかったそう。
その理由は徳川幕府の政策。甲州街道は幕府の逃げ道として用意されていたので、地方の大名の参勤交代は中山道を通らせていました。地方の大名が力を付けないよう財政的負担をかけるの目的もあったといわれる参勤交代、そのうえよりハードな道を通らせてていたなんて、徳川幕府は抜け目ないです。ちなみに甲州街道は幕府の忠臣が多く暮らしており、新撰組もその通り沿い出身だったそう。
なお、東海道の方が中山道の倍くらいの交通量。きっと今も昔も変わらないのでしょうね。
中山道の魅力が詰まった館内
濃厚なイントロダクションも終わり、木の香りがする館内へ。展示室内では、69箇所の各宿場町が順番に紹介されています。東京の日本橋からスタートし、序盤は板橋宿、浦和宿、大宮宿となじみある地名が続きます。
各宿場毎に、歌川広重が描いた木曽街道六十九次の絵が貼られています。(※木曽街道=中山道の別名)
そして、その絵の隣には、現在のその場所の写真が貼られているという徹底ぶり。館長さんご自身が現地に趣き、絵と同じ場所を探して写真に収めたそう。中山道に対する愛が深すぎます・・・!!
ここからは、私の気になった絵について、館長さんの解説を参考に紹介していきますね。
異彩を放つ岩村田宿
美しい風景画が並ぶ中、一際目立つのは「岩村田宿」の絵。そこに描かれているのは殴り合うおじさんたちの姿。ただならぬ雰囲気です。
実は、中山道の絵を描いていたのはもともと歌川広重ではなく、英泉という絵師でした。
しかし、彼の専門は美人画。風景画は売れ行きが悪く、版元は英泉に「広重のように描け!」と言ったところ、怒ってこんな風景関係ない絵を描いてしまったそうです。
中央で殴りあっているのは、英泉と版元、そして側で出番を伺うのは広重ではないかといわれています。また、描かれている人物は全て盲目。これは、自分の絵を評価しない人々への風刺ではないかと考えられています。
なんだかんだいっても、英泉は人を描くのは上手。版元もこの絵を尊重し、広重に書き直させることなく採用したそうです。
そんなわけで、木曽街道六十九次は2人の絵師の作品が混ざっています。どっちが描いたか考えながら見ていくのも楽しいです。
木曽のかけはしで有名な野尻宿
こちらは英泉の作品。「木曽のかけはし」というお酒のパッケージデザインにも使用されています。
上部に描かれた渓谷に架かる刎橋(はねばし)が「かけはし」かと思いきや、こちらは木曽のかけはしではありません。木曽のかけはしというのは、木曽川に沿う崖沿いに造られた棧道部分のこと。崖の部分が本当の木曽のかけはしとのことです。
ちなみに、刎橋には「隠し絵」があります。橋の下の部分がまるで富士山のように見えるのです!英泉は富士山で有名な葛飾北斎の弟子。師匠の絵をこっそり取り入れているのです。
「木曽のかけはし」については、コチラの記事をご覧ください。
驚きの鑑定結果!雨の中津川宿
現在の岐阜県中津川市にあった45番目の宿場町中津川宿。なぜかここだけ2種類の絵が貼られています。
上が雨、下が晴れとそれぞれ天候が異なるようです。
最初は雨の風景が描かれていた中津川宿ですが、後に晴れの絵に切り替わったそう。そのため、雨の中津川は世界に8枚しかないと言われています。
いわば初回限定のSSレアなイメージでしょうかね。
そんな雨バージョンの中津川宿、最近9枚目が見つかり某テレビ番組で驚きの鑑定結果が出たそうです!
いくらだと思いますか?
なんと1,500万円!!!
『きっと10枚目があるはず。探してください。』館長さんからさらっと使命を言い渡されました。
再現された中山道
中山道69次資料館はこれで終わりではありません!!資料館のお庭には、再現されたミニチュア中山道がつくられており、実際に旅している気分で歩くことができます。
日本橋からスタートすると、次々と現れる各宿場町橋や川、そしてこんもりとした浅間山もしっかり再現されています。
こちらの窪みは諏訪湖。1/1,000のスケールで再現されています。この雰囲気、日本庭園において様々な名勝を再現した「縮景」という技法を彷彿とさせます。
守山や草津といった滋賀県を越えると、ついに三条大橋!中山道ゴールです!
一通り資料館で学んだ後だと、いろいろな細部のこだわりが見えて楽しいです。
行ってみた感想
おしゃれでアーティスティックなスポットがてんこ盛りな軽井沢エリアにおいて、異彩を放つ資料館。
中山道について何も知識が無いため最初は躊躇っていましたが、館長さんのお話は豊富な知識と愛情たっぷりで非常に聞き応えがあります。内容もとてもわかりやすく、歴史の知識がなくても楽しめるはず。
普通に見ていては気がつかないようなことを次々と教えてくれるので、中山道や浮世絵に興味が湧いてきてしまいました・・・!
お庭には、ミニチュア中山道に交じってこんな記念碑がありました。
右は越後へ行く北の道
左は木曽まで行く中山道 続いてる コスモスの道が
エンディングテーマは私の大好きな曲、狩人が歌う『コスモス街道』で終わりたいと思います。
アクセスと営業情報
最寄り駅は信濃追分駅ですが、徒歩だと30分ほどかかります。車の場合は上信越自動車道の佐久ICより約15分、軽井沢駅より約20分ほど。
開館時間 | 10:00~16:00 |
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休館日 | 土・日・月 ※変動する可能性あり。詳しくはお問い合わせください。 |
料金 | 500円 |
公式サイト | https://nakasendo69.sakura.ne.jp/ |
※掲載の情報は2022年9月時点のものです。最新情報は公式HPにてご確認ください。
コメント
[…] 英泉は江戸時代後期に活躍した浮世絵師であり、美人画で知られる人物。名所絵も手掛けており、歌川広重とともに「木曽街道六十九次」も描いています。広重の「東海道五十三次」の成功を受けて企画されたもので、当初は英泉が担当していましたが、途中から広重に引き継がれたそう。いろいろとエピソードがあるのですが、それはコチラの記事にて。 […]