横浜で生まれた幻のやきもの『宮川香山 眞葛ミュージアム』(横浜市)

神奈川県

「眞葛焼」を大成した陶芸家・宮川香山。彼の作り上げた、工夫を凝らした作品を多数展示したのが眞葛ミュージアム。日本での知名度はそれほど高くありませんが、海外で高い評価を得た作品たち。「幻のやきもの」と呼ばれるその実物をじっくりと鑑賞しにいきます!

訪問日:2026/1/24(土) ※掲載の写真・情報は訪問時のものです

小さな陶芸ミュージアム

今回、横浜へ行くにあたりGoogleマップを眺めていると、たまたま目に入ったのは「宮川香山 眞葛ミュージアム」

宮川香山(みやがわ こうざん)というのは人の名前であり、明治時代に活躍した陶芸家。「眞葛焼(まくずやき)」という焼き物を作り上げた人物であるそう。お恥ずかしながらまったくその存在を知りませんでしたが、マップのクチコミに投稿された写真に映る作品があまりにも美しく、詳しく知りたくなったの知識ゼロで行ってみることにしました!

横浜駅からベイクォーターを抜けて歩くこと約10分、ヨコハマポートサイドロア参番館の1階に位置しています。

館内はとってもコンパクト!小部屋の展示室が3部屋ほど連なっています。

座敷が再現された展示や、ショーケースに並ぶ作品など、部屋ごとに展示法が異なっているのがポイントです。

さっと見るだけなら15分程度でも見終えるボリュームですが、読み物パネルも多くあるためじっくり読んでいくとなかなか見応えがあります。

眞葛焼と香山のヒストリー

眞葛焼を作り上げたの宮川香山は、いったいどのような人物であったのでしょうか。

香山は天保13年(1842年)、京都の真葛ヶ原に生まれます。父は九代茶碗屋長兵衛であり、代々焼き物を生業とする家庭であったそう。

明治3年(1870年)、香山が29歳のときに、薩摩藩士・小松帯刀により苗代川焼の改良のため、薩摩に招聘されるも小松の逝去により実現せず。同年、梅田半之助の勧めにより輸出向けの陶磁器を製造するため、横浜へと赴きます。

焼き物の原料となる「陶土」探しに苦労するも、伊豆天城の梨本や秦野にて発見。明治4年(1871年)に太田村字富士山下(現在の南区庚台6番地)にてついに眞葛窯を開窯しました。

横浜に訪れる外国人のニーズを巧みに読んで、質の高い作品を作り上げていきます。明治9年(1876年)、フィラデルフィア万国博覧会に出品された眞葛焼は世界で絶賛され、眞葛焼と宮川香山の名を世界に知らしめました。「外国人が横浜に来遊するや、旅館に着くよりもまず人力車で真葛の工場を見るのが例であった」そんな言葉が残るほど、人気の品物であったそうです。

香山は、30年以上に渡り数々の賞を受賞。大正5年(1916年)に75歳でこの世を去るまで、数多くの作品を世に送り出してきました。その後、眞葛焼は、二代、三代と引き継がれますが、昭和20年(1945年)の横浜大空襲により壊滅的な被害を受け、窯は閉鎖。四代目香山による復興もむなしく、その歴史の幕は閉じられました。

戦争により窯も資料も焼失、それまでに造られていた作品も多くが海外へ輸出されており国内にはほとんど残っていなかったことが、「幻のやきもの」といわれる所以です。

変化してゆく作風

ひとことで眞葛焼といっても、時期によってその作風は大きく変化していきます。

①金彩:明治4年(1871年)頃
当初は金彩を用いて上絵を描く一般的な作風でしたが、金はコストがかかることに加えて、金を使った作品を輸出することは国家の損失に繋がるという考えがあったそうです。

②高浮き彫:明治9年(1876年)頃
その後、金彩で描くかわりに、細工で表現する手法を考案。これが初期の真葛焼の特徴となります。《藤細工花瓶》は藤の花や葉が立体的に作られた作品。1876-1882年頃に作られたものです。

③釉薬研究時:明治15年(1882年)頃
高浮き彫は立体的で見応えのある作品でしたが、外国人がそれに飽きて日本らしい清楚な表現を求めるように。それに合わせて釉薬を使用した表現を開発します。《雲竜紋花瓶》は艶のある花瓶に、躍動感あふれる竜が描かれた作品。シンプルながらも見応えがあります。

④釉下彩:明治20年(1888年)頃
釉薬の研究は進み、さらなる色彩が可能に。「釉下彩」という、釉薬の上に透明な釉薬を重ね、高温で焼成することで下絵の色を発色させるという技法は高い評価を得ます。《美人顋斉杜若画花生》は1899年頃に作られた、淡い色合いと線の細さが繊細で可憐な作品です。

見応えのある初期作品

様々な時期の作品が多数展示されておりますが、やはり目に留まるのは②高浮き彫の作品たち。

《高浮彫桜ニ鳩大花瓶》
1876-1881年頃の初期の作品。花瓶に巻き付くように桜の枝が浮き上がり、そこには鳩の姿。迫力のある作品です。

《上絵金彩帆立貝ニ魚蟹図花瓶》
同じく1876-1881年頃の作品。花瓶の胴の部分がくり抜かれ、いくつもの円で繋がるという、不安定さも感じる作品。散りばめられた帆立の貝殻には、サカナやエビなど、リアルな魚介類が描かれます。中心部にはかわいらしいカニの姿も。

《高浮彫枯蓮ニ蟹花瓶一対》
対をなす花瓶に描かれているのは、なんと枯れた蓮。葉の萎れ具合や、花が散った跡の穴だらけの花托などがリアルに再現されています。普通なら鮮やかな花や青々しい葉を描くところ、枯れた姿をテーマにしているところに、ただならぬの着眼点を感じますね。

たどり着いた境地

そんな初期の派手な作品の奥にあるのは《白磁壺雲ニ麒麟》。1894-1902年頃なので、後期にあたる作品です。白一色に統一され、描かれているのは艷やかな雲と龍。様々な表現を経た先の境地と呼べそうな洗練された仕上がり。

そんな宮川香山の遺作となったのはこちらの《琅玕釉蟹付花瓶》

シンプルで洗練された渋みのある花瓶、その縁には初期の作品で見られた立体的な高浮き彫によるカニの姿。洗練の先に原点回帰のような表現も見える作品、これが最後と思うとなんとも感慨深いです。


人も少なく静かで落ち着く館内、じっくり見ていたので滞在時間は1時間くらい。館内BGMはずっと鳥のさえずりで、穏やかな気持ちで鑑賞できました。

今までまったく知らなかった眞葛焼。覚えたからにはもっと色々な作品を見てみたいところ。他に展示されているところはないか、私は調べ始めました!!

(そういえば、茨城県の笠間にある茨城県陶芸美術館は個性的な作品がたくさんあったなと思い過去記事を読み返してみると、このときに宮川香山の作品に出会っていました!)

アクセスと営業情報

横浜駅きた東口より徒歩約8分。ベイクォーターや歩道橋を進む立体的な道のり、案内板もないためけっこう難易度高めです。公式HPにわかりやすいアクセス情報が掲載されていますので、それを見ながら行くのがおすすめです。

開館時間 10:00~16:00
休館日 平日 ※土日のみ開館
料金 800円
公式サイト https://kozan-makuzu.com/

※掲載の情報は2026年1月時点のものです。最新情報は公式HPにてご確認ください。

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