富士山信仰の歴史を感じる木々に包まれた古社『北口本宮冨士浅間神社』(富士吉田市)

未分類

山梨県富士吉田市にあり、1900年という長い長い歴史を持つ神社。江戸時代に富士講と呼ばれる富士山信仰が流行すると、登山口の一つである吉田口の起点として日本全国より多くの人が参拝に訪れました。境内を散策していると、そんな富士山信仰の跡を多く見ることができます。

訪問日:2022/12/30(金) ※掲載の写真・情報は訪問時のものです

富士吉田の浅間神社

年末にちょっとだけ時間があったので、やってきたのは富士五湖エリア。最初に向かったのは北口本宮冨士浅間神社

富士山の周辺には「浅間大社」がそれはたくさん鎮座しておりますが、そのうち山梨県側の富士吉田市に位置している神社。創建は景行天皇40年(西暦110年)と歴史は深く、「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産のひとつにも数えらえています。

なお、社名の「富士」は、ウ冠ではなくワ冠の「冨士」。これは「山の上に人を立てない」など、富士山を神聖なものとして扱う神社ならではの理由があるそうです。

凛とした参道

交通量の多い国道に面した一之鳥居をくぐると、背の高いスギやヒノキに包まれた参道。張り詰めた空気に背筋がピンと伸びます。

おもむろに並んだ石は仁王門礎石。神仏混淆の時代に仁王門が建てられていた場所です。かつては仁王門以外にも三重塔や鐘楼などの仏教建築が並んでいたそうですが、明治時代に神仏分離令により撤去されてしまったようです。

こちらは角行の立行石。江戸時代、長谷川角行が、石の上で30日間立ち続けるという荒行を行った場所。この角行は、富士山を信仰する宗教「富士講」の開祖となった人物。とりあえず名前だけでも覚えておこう。

大鳥居と隋神門

参道の先にそびえるのは冨士山大鳥居。安定感のある両部鳥居で、その高さは約18mと木造鳥居の中では最大級。この鳥居は神社が建つ以前よりあったとされており、神社の鳥居ではなく富士山の鳥居といわれています。「甲斐国 社記・寺記」によると、日本武尊(ヤマトタケル)が富士山を遥拝した際に建てたとの記録もあるそう。

扁額に書かれた「三國第一山」。三國というのは日本・中国・インドのこと。この3つの国における第一山、最も美しい山という誇りが込められています。

冨士山大鳥居に続くのは、歴史を感じさせる随神門。現在の建築は、1736年に村上光清によって建てられたもの。随所に精細な彫刻が施されています。

随神門を抜けた神域には、神楽殿本殿が並んでいます。御祭神は木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、その夫である彦火瓊瓊杵命(ひこほのににぎのみこと)、父神にあたる大山祇神(おおやまづみのかみ)の三柱です。

樹齢千年を超える樹木

本殿向かって左にそびえる巨樹は太郎杉。樹齢1,000年といわれる古樹で、大きく広がった根が特徴的。樹高は30m、幹囲は8mで露出根張りは21mにも及びます。

向かって右には夫婦檜。根本は一つですが、途中で2つに別れ、地上12mでまた一つに戻るというユニークな樹形をしています。樹高は33m、樹齢はこちらも1,000年を超えるそうです。

本殿の裏にそびえる次郎杉。まるで社殿を支える柱のような出で立ちです。樹高30m、樹齢1,000年と太郎杉と同規模の巨樹です。

他にも、4月下旬〜5月中旬に色づくという七色もみじ、3月下旬から4月中旬に見頃を迎える夫婦うめなど、様々な樹木を見ることができます。

村上光清とは何者?

本殿での参拝を済ませて、順路に沿って進むと東宮本殿が見えてきます。かつて武田信玄が川中島の戦いの戦勝祈願として建立した神社。解体修理が行われ、ぴかぴか。色鮮やかな彫刻も見事です。祭神は彦火火出見命(ひこほほでみ の みこと)。御祭神である夫婦神の第二子にあたる神様です。

続いて西宮本殿。東宮にかわる本殿として浅野氏重が建立。東宮と同じく解体修理が行われており、対をなしています。祭神は天照皇大神、琴平大神、豊受大神。

いずれも村上光清が大修復を行ったそう。先ほど隋神門のときも名前が出てきましたが、いったい何者なのでしょうか?

村上光清は、江戸時代の富士講の指導者の一人。「富士講」の開祖とされる長谷川角行直系の指導者として布教に努めます。私財を投じて、北口本宮冨士浅間神社の多くの建築を修復しました。

この村上光清は大名や富裕層に支持されていたため「大名光清」と呼ばれていました。その一方、同時代の指導者である食行身禄(じきぎょう みろく)は貧しい庶民を対象に指導していたため「乞食身禄」と呼ばれました。この対照的な二人の指導者により、富士講は最盛期を迎えることとなります。

北口本宮発祥の地

境内の奥には富士登山口吉田口があります。現在は富士スバルライン五合目からスタートするのがポピュラーな吉田ルートですが、かつてはみなこの神社から登り始めていました。

この鳥居の先は車道につながりますが、そこを3分ほど歩くと見えてくるのが大塚丘

小さな丘の上には祠があります。ここはかつて日本武尊が富士山を遥拝したとされる場所で、北口本宮の発祥の地といわれています。

今は木々が生い茂り富士山の姿はまったく見えませんが、1900年も昔から続く歴史を考えると、壮大な古代ロマンがあふれてくる場所でした。

アクセスと駐車場情報

中央道の河口湖ICより約3分。駐車場は無料で複数あります。交通量の多い道路沿いなので、事前にマップで確認してから向かうのがおすすめ。

交通案内|北口本宮冨士浅間神社
北口本宮冨士浅間神社は、千九百年以上の歴史があり、富士登山道の入り口でもある霊験あらたかな神社です。

複数ある駐車場ですが、公式サイト上のP1やP3に停めると、一之鳥居と参道を抜けて参拝できるのでおすすめです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました