平和への祈りが込められた最南端の護国神社『沖縄県護国神社』(那覇市)

沖縄県

奥武山公園内に鎮座する、戦没者の御霊を祀る護国神社。参道に並ぶ像や記念碑には、戦争の恐ろしさを忘れないという思いと平和への祈りが込められていました。

訪問日:2025/12/15(月) ※掲載の写真・情報は訪問時のものです

3つの神社のある公園

その昔、漫湖の入江に浮かぶ島であった奥武山(おうのやま)。江戸時代の絵師・葛飾北斎の「琉球八景」にも描かれる景勝地でありました。

現在は橋や埋め立てにより陸続きになり、奥武山公園として整備されています。ここは沖縄における「スポーツの聖地」としても知られています。3万人収容可能な野球場「沖縄セルラースタジアム那覇」をはじめ、武道館・弓道場・プール・テニスコートを備えており、多くの人でにぎわう場所。

毎年10月の体育の日の前日の日曜日に開催される「那覇大綱挽まつり」の市民フェスティバルの会場でもあり、さらに10月末には沖縄県内最大の総合産業展「沖縄の産業まつり 」も開催されます。

今回は平日の早朝に訪ねたため、散歩やランニングしている人だけの静かな場所。園内には「世持神社」「護国神社」「沖宮」という3つの神社が鎮座しているため、この3社をめぐってみることにしました。まずは「護国神社」から紹介させていただきますね!

最南端の護国神社

陸上競技場のそばにたたずむ鳥居が護国神社の境内の入り口。

そのはじまりは昭和11年(1936年)、日清・日露戦争以降の国難に殉じた人々を祀るために創建された「招魂社」でした。昭和15年(1940年)の内務省令により「内務大臣指定護国神社」となり「沖縄県護国神社」に改称し、現在に至ります。

国家のために殉難した人の霊を祀る護国神社は日本各地に置かれておりますが、その中で最も南にある「日本最南端の護國神社」なのです。

平和への祈り

鳥居をくぐるとすぐに見えてくるのは人命尊愛神石。世界の平和を祈念して昭和49年(1974年)に建立されたものです。

兵隊の像は、「あゝ特攻」勇士之像。特攻にて散った戦没者を顕彰するために建立されたものです。

長い髪が鳩に変わる女性の像は平和の像。太平洋戦争終結50周年にあたり、平成7年(1995年)に建立されたもの。戦没者の御霊を慰霊顕彰し、恒久なる平和を祈って設置されました。

片足を失った男性とそれによりそう女性が描かれた傷痍軍人夫婦像。軍人に限らず民間人も多く犠牲となった沖縄戦、傷つき困難な日々を過ごした夫婦の姿は、痛々しくも力強く感じました。

コンクリートの社殿

参道の先に立つ拝殿。現在の社殿は昭和40年(1965年)に再建されたものであり、コンクリートのしっかりとした造りとなっています。

昭和20年(1945年)、ここもまた沖縄戦の戦火に見舞われます。本殿および一部の施設は奇跡的に残るも被害は甚大でした。

戦後、沖縄戦の戦没者もお祀りしようとの声が沸き起こり、軍人に限らず一般市民の御霊も祀られます。御祭神の数は177,913柱。全国で最多であるとの情報もありますが、それほど多大な犠牲を払った戦争であったことが感じられます。

今となっては穏やかな沖縄の景色、今後も恒久的に続いてくことを願わんばかりです。

沖宮へ続く道

この後は、すぐ近くの沖宮へと向かいます!最初の鳥居向かって左側の細い道を進んでみると、開祖記念碑が。沖縄県の土地・租税制度の改革である土地整理事業の完了、そしてこの事業を推進した第8代沖縄県知事・奈良原繁の実績を讃えた記念碑であるそう。

すぐそばでは木々に包まれて、天主大御神が祀られていました。読み方は「うてんうやがなしい」。宇宙を司り、琉球を創造された神様として信仰されています。

プールの奥に、沖宮の社殿が見えてきました!つづく。

アクセスと営業情報

ゆいレールの「奥武山公園駅」より徒歩7分ほど。

開門時間 参拝自由
料金 無料
公式サイト https://okinawa-gokoku.jp/

※掲載の情報は2025年12月時点のものです。最新情報は公式HPにてご確認ください。

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