秘境感あふれる森の中に建つ琉球八社『末吉宮』(那覇市)

沖縄県

那覇市の中心部近くでありながらも、秘境のような自然が残る末吉公園。その奥地にある末吉宮は、岩の上に建つ姿が荘厳な沖縄を代表する神社。アクセスルートは2パターンありますので、事前に確認してからの訪問がおすすめです!

訪問日:2022/3/24(木)

琉球八社の一社

日本各地に8万社はあるといわれる神社。伊勢神宮や出雲大社など、各地の神社は観光スポットとしても広く知られています。

沖縄にももちろんたくさんの神社があります。その中でも格式の高い8つの神社を総称した呼び方が「琉球八社」。ビーチに建つ波上宮や、鍾乳洞のある普天満宮など、それぞれ個性的で見ごたえがあります。

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今回紹介する末吉宮も、そんな琉球八社のうちの一社。1450年頃に創建されたと伝えられており、「首里社壇」とも呼ばれております。

アクセスは2パターン

末吉宮の参拝ルートは、「末吉公園側」「大名口」の2つのルートがあります。

南側の末吉公園から向かう場合、末吉公園の無料駐車場に車を停めたあと、山道を約30分ほど歩く必要があります。一方、北側の大名口からならば約5分ほどでアクセスできるそう。

限られた時間で参拝するには大名口がおすすめ!と言いたいところですが、ここで一つ問題が。

大名口には駐車場が無いのです。

周辺にはコインパーキングなどもありませんので、住宅街に路上駐車する必要がでてきます。これは少々悩みますね~。

■ゆいレールで向かうには?
この末吉宮は車が無くてもゆいレールを利用してアクセスできます。市立病院前駅で下車後、末吉公園側の参道入り口まで徒歩10分程。こちらが一般的ですが、実は大名口も徒歩で向かうことができます。儀保駅で下車すれば徒歩20分程。こちらの方が遠く感じますが、社殿までの距離は前述の通り大名口からの方が圧倒的に近いため、トータルで見ると【儀保駅→大名口】の方が楽にアクセスできそうです。

大名口からのルート

悩んだ結果、最短ルートとなる大名口から。このあと焼物博物館にも行きたいので、時間がかからない方を選びました。

こんな感じで周辺は路上駐車している車がたくさん。とはいえ、取り締まりが無いとは限りませんので、道路交通法をしっかり確認して駐車禁止の場所には停めないようにご注意ください。また、駐車可能な場所でも住民の邪魔にならないように配慮をお忘れなく。(※自己責任でお願いします)

大名口は、住宅街の中に小さな入口があります。

舗装された道の先には、苔むした木の鳥居。そこからは森の中へと入って行きます。

鳥居の向こうは、住宅街からすぐの場所とは思えないほど深い山道。未舗装な険しい道で、急な石階段もあります。島ゾウリだとちょっと厳しいかもしれません。

秘境感ただよう佇まい

徒歩5分ほどで石垣のアーチ型トンネルが見えてきました。くぐると別の世界に行ってしまいそうです。

トンネルを抜けて振り返ると、石垣の上に建造物の姿が!こちらが末吉宮の社殿。赤く映える姿が、なんとも神秘的です。

このように柱を組んで崖や岩の上に建つ神社の建築様式を「懸造り」と言います。清水寺をはじめ、奈良県の長谷寺や佐賀県の祐徳稲荷神社など、日本各地の神社仏閣で見ることができます。

この社殿は沖縄戦の中で砲撃を受けて壊滅、1972年に復元したものとのこと。

近くには社務所もありましたが無人。人の気配は全くなく秘境感ただよう・・・と言いたいところですが、どこからかにぎやかな声が。

網を持った虫取り少年たちが次々と末吉公園側から登ってきました!

疲れている様子もなく駆け抜けてゆく子供たち。なんてたくましいのでしょうか。

夢のお告げで開かれた神社

この末吉宮は琉球統一王朝・第6代国王である尚泰久王の時代(在位1454-1460年)に、鶴翁和尚によって開かれたとされています。尚泰久王は多くのお寺を建立したため、この末吉宮もその一環かと思いきや、実はそうではないようです。

尚泰久王が那覇に建てた天界寺というお寺の住職であった鶴翁和尚。内地での修行から戻り、熊野権現を祀りたいと国王に告げるも、許しを得ることができませんでした。

ある夜、鶴翁和尚の夢の中に熊野権現が現れ「北山に向かって大声で叫びなさい。それに応じたところが居所である」という啓示を授けます。和尚はそれに従い峰に立って声をあげたところ、響きのある山があり、そこには奇岩がそびえていました。このことを王に告げると、王もまた夢の啓示を受けており、これを信じてその山に社殿を建立。これが末吉宮のはじまりだったそうです。

■神社なのになぜ和尚?
神社である末吉宮を開いたのが、仏教の僧である和尚という点に違和感をもたれた方もいるのではないでしょうか?熊野権現を祀る熊野信仰というのは、神道と仏教が習合した信仰。さらに、奈良時代~明治時代に神仏分離令が発令されるまでは神道と仏教は一つという「神仏習合」の考えが広まっていたため、このようなケースは珍しくありませんでした。

行ってみた感想

社殿の周辺は熱帯植物が多く茂っており、とにかく秘境感は抜群。沖縄旅行での良いアクセントになりました。なお、大名口からの所要時間は片道約5分、参拝も含めて往復で15分ほどでした。

私はたまたま虫取り少年たちに出会えて少しほっとしましたが、普段は人の気配はほとんど無いそう。照明などもほぼありませんので、暗くなってからの訪問はそれなりの準備と覚悟が必要です。また、もし御朱印を集めている方は、波上宮で末吉宮の御朱印をいただくことができるそうです。

琉球仏教のはじまりについて興味がある方は、以下の記事もぜひご覧ください~。

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