戦国武将・浅井氏が三代に渡り治めた山城。建築は残っておらず、再現もありませんが、土塁や石垣は残っており往時の姿を想像することができます。今回は【番所跡〜本丸〜山王丸】というコースで登ってきました!
戦国屈指の山城跡へ
小谷城は、現在の滋賀県長浜市にあった戦国時代の山城。戦国武将・浅井亮政によって標高約495mの小谷山に建てられました。浅井氏は亮政、久政、長政の3代にわたってこの城を居城に北近江の地を治めていました。
浅井長政は織田信長の妹のお市を妻に迎えますが、上洛を果たした信長が越前朝倉氏を攻めたことで情勢が一転。朝倉氏と組んで信長に反旗を翻します。浅井氏は「姉川の合戦」を経た後、小谷城へ撤退。3年の攻防を経たのち
天正元年に織田信長に攻められ小谷城は落城。浅井3代約50年の歴史は幕を閉じました。
門や櫓など再現された建築はなく、山中に土塁・曲輪・石垣のみが残る城跡。山の中に点在するため、城跡をめぐる=ほぼ登山。体力と山歩きに適した服装が必要となります。

車で行ける番所跡
登山道の入り口となるのが「戦国ガイドステーション」。ここから本丸までは約1時間の道のりとなります。
ここで朗報!もし車ならば中腹の番所跡まで登ることが可能。そこからならば本丸まで20分ほどでアクセス可能。手軽に楽しみたい方はこちらがおすすめです。
注意点は、この車道は封鎖されていることがあるということ。GW期間などは「戦国ガイドステーション~番所跡」の区間をシャトルバスが運行しており、その間はマイカー規制が行われているようです。
今回はちょうどGWも終わったタイミングなので、無事開放されておりました。番所跡までは麓から約2kmの細い道を登る必要があるため、すれ違いにはご注意を。
登った先、車道が少し広くなります。実はここが駐車場。左に車道が続いているように見えますが、その先は行き止まり&駐車禁止です。うっかり進んでしまうと、狭い道で転回することになるのでご注意を。

ここが登山口。本丸までは400mとのことなので、さくっと行けそうです!

本丸跡めざして登山開始
8:45
登山開始。すぐに見えるのは番所跡。城門や主要な通路を監視・警戒するための施設です。

8:50
御茶屋跡が見えてきます。茶室があったとかではなく、小規模な御殿があった曲輪で、あくまで防衛施設であったそう。

8:53
水を蓄えた溜池、馬洗池に到着。その先には馬屋跡もあります。こんな山中にまで馬を連れてきていたのですね。

8:55
こちらは首据石。浅井亮政が、六角氏との合戦の際に、敵に内通していた家臣・今井秀信の首をさらしたと伝わる場所。かつては黒金門の手前にあったそうです。

この近くに赤御屋敷という非常に重要なポイントへの分岐がありますが、まずは本丸を目指しているのいったんスルー。最後に立ち寄りますね!
あっという間に本丸跡
9:00
立派な石垣が残る黒金御門跡。その名前から、鉄を打ち付けた門であったと考えられます。

黒金御門の先は大広間跡。南北85m、東西約35m、別名「千畳敷」とも呼ばれる場所。御殿が立ち、井戸や蔵があった居住空間であったそうです。

9:05
その先にあるのが本丸。登山口からかなりゆっくり登っても20分ほどでした。南北40m、東西20mというスペースに、櫓を持つ建物があったそうです。

当初の目的である本丸跡が思いのほかサクッと来れてしまったので、もう少し足を延ばして「山王丸跡」まで行ってみることにしました。
さらなる奥地、山王丸跡へ
9:13
中丸跡は3段からなる曲輪。出入口となる「虎口(こぐち)」は3ヶ所ともずれており、まっすぐ突き抜けられないように工夫されています。

9:17
浅井氏が、守護の京極氏の居所として用意したとされる曲輪、京極丸跡。向かって左に水の手というポイントがあり、ここを秀吉が攻め上がってきたそうです。

9:20
2段になった曲輪、小丸跡が見えてきます。落城の際に2代・久政が自刃した場所であるそう。

「大石垣、すぐそこ53秒」との案内板があったので、ちょっと脇道にそれてみることにしました。
9:25
こちらが大石垣。高さは約3m、小谷城で最も壮大な石垣であるそう。なお、53秒もかからず、20秒くらいで到着しました。

9:30
今回のゴール、山王丸跡につきました。標高は約400m、かつて山王社が祀られていたという場所です。番所跡からかなりゆっくり歩いて約45分でした。

最後に立ち寄る赤尾屋敷跡
この先さらに進むと「大嶽城跡」がありますが、ここからさらに1時間ほどかかるそう。急な箇所もあり、一気に本格的な登山モードになりそうな予感。今日はこの後も行きたいきたいところがたっぷりあるので、今回はここまで。
9:35
下山開始。上りは各ポイントを見ながらゆっくり進みましたが、帰りはすいすいと下りていきます。
9:50
上りのときの後回しにした赤御屋敷跡に到着。浅井家の重臣である赤尾清綱の屋敷跡です。

ここは小谷城が落城の際に3代・浅井長政が自刃した場所。浅井長政公自刃の地の石碑が建立されています。
最後の攻撃のために黒金門から打って出たものの、信長の兵に攻められ本丸に戻ることができず、ここが終焉の地となりました。享年29歳という若さであったそう。
10:03
登山口まで帰ってきました!番所跡から山王丸跡までの所要時間は上り45分・下り30分・往復1時間15分ほど。険しいところもなく、各ポイントで立ち止まって案内板を読みながらであったため、ほとんど疲れませんでした。
上りはじめたときは0台だった車がいつの間にか増えてる!

なお、木々が生い茂っているため展望はほとんど楽しめません。赤御屋敷分岐のあたりが展望的にはマックスでした!

山麓に建つ資料館
山を降りたところで、麓にある小谷城戦国歴史資料館にも立ち寄りました。中世の砦のような外観が雰囲気抜群のミュージアムです。

館内は撮影禁止。小さな展示室が2部屋のコンパクトな資料館なので、20分程度あれば一通り見て回れます。
長政の一周忌に描かれたとされる浅井長政像の掛け軸、小谷城から出土した焼き物、映像コンテンツなどがあります。浅井家&小谷城について詳しく知ることができるので、城跡を訪ねる前にここに来ると一気に解像度が上がりそうです。
番所跡から本丸~山王丸跡まで往復し、資料館も立ち寄ってトータルで2時間20分ほど。朝イチということもあり、とっても清々しい気持ちになれました!
最後にひとこと、クマに会わなくてよかったです!!


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