戦国末期に造られた城郭の意外な役割『広島城』(広島市)

広島県

川に囲まれた地に立つ城郭。戦国時代の終盤に造られたため大きな戦を迎えることなく江戸時代を越えます。戦いとは無縁な城かと思いきや、明治以降の近代的な戦争において重要な役割を担うことになります。

天守閣開館時間:9:00~18:00 ※12~2月は17:00まで
休館日:年末年始
料金:370円
2020/9/24(木)

広島城のヒストリー

広島城に訪問するにあたり、まず最初に押さえておきたいのが、その特別な歴史。戦国時代の話では、あまり出てくることがない広島城。そこにはいったいどのようなストーリーが詰まっているのでしょうか。簡単にまとめてみました。

1589年:戦国大名の毛利輝元が造営。


1600年:関ヶ原の戦いで移封となった毛利輝元に代わり、福島正則が入城。城の改築や城下町の整備が行われる。しかし、城の修築を無断で行ったとして改易(領地没収)に。


1619年:福島正則に代わり浅野長晟(ながあきら)が入城。以降、明治時代になるまで、浅野氏の居城として活用される。


1871年:明治政府による廃藩置県が行われると、広島県庁舎が設置。


1873年:広島鎮台が発足し、城内には大日本帝国陸軍の施設が建設される。


1894年:日清戦争における広島大本営置。明治天皇も一時的に滞在し、首都としての機能を果たす。


1945年:原子爆弾投下。それまで残されていた天守も焼失。


1958年:市制70周年を記念して天守再建

眺めてみて感じるのが、とにかく戦争との関わりが強いところ。戦国時代や江戸時代が終わった後も戦いのための場所として機能していた城郭は、意外と少ないのではないでしょうか。

広島のお城を学ぶ二の丸

お堀に浮かぶ二の丸表御門。ここが広島城への入口です。このお堀の水は太田川から引き入れており、3日半かけて循環させて水質を保っているそう。

二の丸内部も見学できます。二の丸の復元模型や、復元に使用した当時の資料などが展示されています。壁には敵を狙い撃ちするための鉄砲狭間や矢狭間などの穴が空いています。

鎌倉時代から戦国時代の終わりまで使用されていた鳥籠山(とこのやま)城跡の模型もあります。建築は残っていませんが、山の各所に土台を見ることができます。

こちらは吉田郡山城の模型。現・広島県高田郡吉田町に存在した山城で、広島城築城以前の毛利氏の居城でした。毛利元就によって拡張、要塞化していきました。

山のあちこちに建築が建つ様子は壮観です。防衛機能が優れているため戦乱の世には適していましたが、戦乱が落ち着いてくると交通や交易に優れた海の近くである広島城へと本拠地を移していくことになります。この流れは新潟の春日山城と同じですね。

この二の丸は天守閣より30分前に閉館します。市内中心部から向かう場合は、二の丸⇒天守閣の順路で巡ることになりますが、後回しにすると入れなくなってしまう可能性があるのでご注意ください。

戦没者をまつる広島護国神社

二の丸から進むと、目に入るのは立派な神社。第二次世界大戦の戦没者および、原爆被害者を祀っています。交通の利便性が高いところから、中国地方で最も初詣客が多い神社でもあります。

拝殿向かって右には昇鯉の像。滝登りする鯉の様子を表しており、難関突破・目標達成・開運出世のご利益があるそう。

左側には仲良さそうに2匹の並ぶが双鯉の像。こちらは家内安全・夫婦円満・恋愛成就のご利益があるそうです。

この神社は広島カープが必勝祈願する場所としても知られています。お城ファンだけでなく、カープファンにもおすすめなスポットです。

木造風に仕立てあげた天守閣

城郭内部の最も奥にあるのが、木がむき出しとなった天守閣。復元天守の多くは白い漆喰で固められているのに対し、木造風な外観は非常に趣があります。

内部はコンクリート製の博物館。再現された江戸時代の家屋や武具・甲冑、歴史案内パネルや映像コンテンツなど盛りだくさん。

最上階となる第5層は展望台で、外に出ることもできます。城内に植えられたたくさんの木々が、緑色の海のよう広がります。

天守閣から見渡す広島市内。円形のグリーンアリーナ、ひろしま美術館やおりづるタワーが並び、目を凝らすと原爆ドームの一部も見ることができます。

高くそびえる建物は、リーガロイヤルホテル広島。そちらの最上階からは、広島城の全貌をばっちり眺めることができるそうです。

生々しい近代戦争の跡

柳のように茂るこちらの木はユーカリの巨木。実は被爆後生き残った唯一のユーカリとのこと。他にもクロガネモチやマルバヤナギの被爆樹木が城内にあります。

護国神社のすぐ近くにあるコンクリートの遺跡。こちらは半地下に造られた中国軍管区司令部の防空作戦室跡。内部に入ることはできませんが、細い通路から中を覗く事はできます。

日清戦争時に利用された広島大本営跡。1894年の9月15日から7ヶ月ほど明治天皇が滞在していました。2階建ての洋風建築が建っていましたが、こちらもまた原子爆弾により倒壊してしまいます。

大本営というのは、明治時代の日清戦争から太平洋戦争の終結まで設置されていた日本軍の最高機関。それが一時的ではあったものの、この広島城に置かれていました。

戦国時代に建てられた広島城は、300年の時を経て日本の軍の中心として利用されることとなりました。

お城のキャラクター「しろうニャ」

頭に天守閣をのせた白猫、こちらは広島城のキャラクター「しろうニャ」。天守閣再建60周年記念に生まれました。

耳の部分が破風と一体化していたり、首の鈴に破風が付いていたりと、お城と一体化したかのようデザインの城猫。もしかして、「城」と「知ろう」をかけているのかな?

仲間に「二の丸ズ」もいます。広島城の二の丸は横に長いのですが、まさかの3匹かつぎスタイルでした。

気になったのでしろうニャについて調べていると、他にもたくさんのキャラクターが存在することがわかりました。パパ・ママと家族がいる「イッシー」、勉強中の「しろうとくん」と勉強して詳しくなった「くろうとくん」など、なんとも味わい深いキャラクターが勢ぞろい。
気になる方は広島城のHPにて!

しろうニャさんの部屋
このサイトは広島城天守閣の指定管理者である公益財団法人広島市文化財団 広島城の公式ホームページです。

 

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