国内第4位の巨大前方後円墳『造山古墳』(岡山市)

岡山県

かつて「吉備国」という巨大国家が広がっていた岡山県。それを象徴するのが、県内最大かつ国内4位という巨大な造山(つくりやま)古墳。墳丘はきれいに整備されており、ビジターセンターも設置されています。

訪問日:2025/5/8(木) ※掲載の写真・情報は訪問時のものです

日本屈指の巨大古墳

かつて現在の岡山県を中心に広がっていた古代国家・吉備国。大和に次ぐ勢力を持っていたという100mを超える大型古墳が次々と築造されていました。

そんな中でも最大が造山古墳。5世紀初頭に築造された前方後円墳であり、墳丘長350m、後円部の高さ29mという巨大な古墳です。全国でも第4位の規模を誇り、堺市に残る「大仙陵古墳」「誉田御廟山古墳」「上石津ミサンザイ古墳」という天皇陵に次ぐ大きさです。

そんな大規模な古墳ですが、墳丘に自由に登ることができる「クライミング古墳」(※造語)。しっかり整備されているため、気軽に墳丘散策をすることができます。

先ほどあげた1~3位の古墳は墳丘に立ち入ることはできません。墳丘に上れる古墳の中では最も大きい古墳なのです。

広々とした墳丘

墳丘は木々も少なく広々としています。まるで高台の公園のようで、とっても清々しいです。

後円部のてっぺんから見る前方部。近年の発掘調査では、後円部に埋葬施設が保存されていることがわかっています。

後円部には土塁が築かれています。こちらは戦国時代に築かれたとされているもの。この古墳には、備中高松城にて羽柴秀吉軍と戦った毛利軍が陣を敷いたという歴史があるのです。

こちらの竪堀も、その際に毛利軍によって設けられたものであるそう。他にも郭(くるわ)なども築かれていたようです。

後円部の近くには、謎の白い箱が!こちらについて、詳しくは前回の作山古墳の記事にて。

荒神社と石棺

前方部に鎮座するのは荒神社。神社が築かれている「神社古墳」(※造語)です。神社であるにも関わらず梵鐘が吊るされているのは、神仏習合の名残でしょうか。

神社の傍のこちら。一見すると手水鉢かと思ったのですが、こちらは古墳の石棺であるそう。

阿蘇溶結凝灰岩でできており、前方部から出土したとも、近くの「新庄車塚古墳」から運ばれたともいわれています。すぐ側には、石棺の蓋らしき石板も置かれていました。

学べるビジターセンター

古墳の傍にはビジターセンターが立てられています。無料で見学できる施設で、映像やパネルを通して造山古墳や吉備国について学ことができます。(開館時間:10:00〜15:00/月曜休館)

この造山古墳の被葬者は、古墳の規模から吉備政権の大首長であると考えられています。大きさランキング上位の大仙陵古墳は「仁徳天皇陵」、誉田御廟山古墳は「応神天皇陵」、上石津ミサンザイ古墳は「履中天皇陵」と、それぞれ天皇陵であることから、それに並ぶ古墳を築造したという当時の吉備国の勢力を感じることができます。

なお、この造山古墳以降は「作山古墳(282m)」、「両宮山古墳(206m)」が築かれるも、次第に大型古墳は築造されなくなっていきます。

日本書紀には吉備国が大和王権に反乱を企て失敗したとの記述があることから、吉備国は瓦解し瀬戸内海は大和王権のものになっていったと考えられているそうです。

ここで知ったのですが、造山古墳のすぐそばには、陪塚とされる6基の古墳があります。せっかくなので、それらもめぐって見ることにしました!つづく。

アクセスと駐車場情報

車で訪問する場合は、前述の「ビジターセンター」に停めて歩いて向かうのがおすすめ!古墳周辺の道は非常に狭いので、最初から目的地をビジターセンターにセットしておくのが良さそうです。

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