彫刻に秘めた想いと禁断の恋『碌山美術館』(安曇野市)

長野県

日本近代彫刻の父と賞される芸術家・荻原碌山(おぎわら ろくざん)の彫刻作品や絵画を中心に展示している美術館。いくつかの作品には、決して叶わぬ恋の苦悩が込められており、その背景を知ると作品鑑賞の面白さが急激に増してきます。若くしてこの世を去った彼の胸には、いったいどのような想いがあったのでしょうか。

2021/7/23(金)

教会風の建築

レンガ造りの教会のような建築の碌山館。旅行雑誌などでもおなじみの、碌山美術館を代表する建築物です。木立ちに包まれた姿、そして絡みついたツタはなんともいえない情緒を膨らませます。

1967年に竣工したこの美術館。自治体によって建てられたわけでも、富豪や企業によってつくられたわけでもありません。長野県の全小中学生をはじめとした、約30万人もの人々の寄附によって建てられたのです。
特に穂高町(現:安曇野市)は、穂高中学校の敷地を無償で提供し、生徒たちは一列に並びレンガや瓦を運ぶ手伝いをしていたそう。

なお、東向きの建物なので午後には逆光となってしまいます。建物を綺麗に撮影したい方は午前中の訪問が良さそうです。

碌山美術館には、碌山館の他にも展示棟があります。碌山の絵画を展示している「杜江館」、高村光太郎の彫刻や斎藤与里の絵画など碌山の友人たちの作品が並ぶ「第1展示室」、企画展示が行われている「第2展示室」。キレイに手入れされた庭園を散歩しながら、各施設にて美術鑑賞が楽しめます。(※碌山館以外はいずれも撮影禁止)

荻原碌山の生涯

内部では、荻原碌山の彫刻作品が均整のとれた配置で並べられています。いずれも力強く繊細な作品ばかりです。

作品を鑑賞する前に、まずは【碌山の歴史】を簡単にまとめてみました。

1879年、碌山は東穂高村(後の穂高町・現在の安曇野市)に生まれます。本名は荻原守衛(もりえ)といい、高等小学校を卒業後は家業を手伝っていました。

少年時代の碌山は、この地に嫁いできたという相馬黒光(そうま こっこう)という女性に出会います。黒光が嫁入り道具として持参した油絵「亀戸風景」を見た碌山はこれに啓発され、画家を志し上京を果たします。
その後、碌山は海外へと留学。ニューヨークやパリにて絵画を学んでいました。

1904年、ロダンの「考える人」に出会った碌山は、彫刻へ転向します。ロダン本人からも直接教えを受け、日本の近代彫刻の父として名を知られる彫刻家となりました。

この黒光という女性は、のちに上京し夫の相馬愛蔵とともに「新宿中村屋」を起こします。クリームパンや中華饅頭など、今でもスタンダードとして親しまれているメニューを考案しました。

「文覚」に込められた怒り

力強く腕を組んだ姿が印象的な作品「文覚」。力を誇示し、相手を威圧するかのような姿勢が迫力あります。怒りを灯しているかのような鋭い眼光は何を見つめているのでしょうか。

碌山は海外留学から帰国後、東京にて旦那とともに中村屋を開業する黒光と再会。相馬夫妻は碌山を受け入れ、家族ぐるみで付き合うようになります。夫の相馬愛蔵が不在のときは、父親代わりに子守りをするなど、非常に親密な関係でした。

いつしか碌山は黒光に対する恋心に気がつきます。しかし、それは禁断の恋。叶うはずの無い想いを胸に秘めていた最中、黒光から夫が浮気していることを打ち明けられます。愛する人が悲しみに暮れる姿を前に、抑えきれない怒りがこみ上げた碌山。そんな想いの中で造り上げられたのがこちらの文覚なのです。

文覚(もんがく)というのは、平安時代末期から鎌倉時代初期の真言宗の僧侶。「源平盛衰記」という軍記物語の中で文覚は、従兄弟である渡辺渡の妻である袈裟御前に恋をしてしまいます。しかし、文覚は誤ってこの袈裟御前を手にかけてしまうのです。そんな悲しき恋話の主人公に自分を重ねていたのかもしれません。

「デスペア」に込められた葛藤

崩れ落ちるような女性を表現した「デスペア」。「デスペア=絶望・失望」の題が示す通り、悲哀に満ちた作品です。

黒光はそんな碌山の想いを知ることになります。浮気をした夫への憎しみは深く、自分を愛してくれる碌山のもとへと向かいたい。しかし、母親として子供のことを思うとその決断をすることができない…。地面に跪いてうなだれる女性の姿は、そんな黒光の葛藤を表していたのではないでしょうか。

「女」に込められた悲哀と希望

こちらは日本近代彫刻の最高傑作と賞される「女」。滑らかで艷やかに仕上げられた表面が美しい作品です。艶めかしいポーズと憂いを帯びた表情に、想像力を強く掻き立てられます。

この像は岡田みどりという女性をモデルにして作られましたが、その姿は黒光にとても似ているそう。次男を病によって失ってしまった黒光の悲しみを描いたとも、黒光への愛に苦しむ碌山自身の姿を投影したともいわれています。

黒光への恋心は抱きつつも、夫・愛蔵のことは尊敬していた碌山。この恋が実ることはなく、病によって31歳という短い生涯を終えます。この「女」は、彼の絶作(最期の作品)となりました。

後ろに手を組み膝立ちをしている姿は、何かに束縛されている様子。これは悲しみ、そして「デスペア」で表現した葛藤とも捉えられます。

しかし、そんな束縛に俯くことなく、顔を上げて立ち上がろうとしているようにも見えます。悲しみから抜け出そうとする強い意志を感じとれる作品で、様々なしがらみを受け入れて生きて行こうとする碌山と黒光の希望が宿っているのではないでしょうか。

今回記載した碌山の想いは、私の想像が多く含まれております。そのため、「文覚」「デスペア」「女」いずれも全然違う意図で造られている可能性もあります。美術館に行かれる際は、そういった可能性を考慮しつつ、ご自身で碌山の気持ちを考えながら作品鑑賞してみると、より深く楽しむことができるかと思います。

アクセスと営業情報

JR大糸線の穂高駅から徒歩7分。車の場合は安曇野ICから約15分。道路を挟んだ向かい側に100台以上停められる無料駐車場があります。

穂高神社から徒歩10分ほどなので合わせての訪問もおすすめです。

開館時間 9:00~17:10 ※11~2月は16:10まで
休館日 12月21日~31日、月曜日と祝日の翌日
料金 700円
公式サイト http://rokuzan.jp/

コメント

  1. […] […]

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