小高い丘の上に広がる公園。みなとみらいをはじめとした横浜の市街地を見渡す展望台や、歴史を未来へ伝える様々な記念碑、かつての配水池の遺構が残っており、ふらっと散策しても楽しめる公園です。
市民の憩いの場
桜木町駅からみなとみらいエリアとは逆方向の西側徒歩15分ほどのところにある野毛山公園。関東大震災復興事業として整備された公園で、1926年に開園しました。第二次世界大戦中は陸軍に使用され、戦後1947年までは米軍が接収。その後は日本貿易博覧会の第一会場としても利用されてきました。

現在は、周辺住民の憩いの場といった雰囲気。園内には無料の動物園「野毛山動物園」をはじめ、いくつかの見どころがあります。
野毛山動物園は次回の記事にまとめる予定なので、今回は動物園以外で見つけたものを紹介していきたいと思います!
様々な記念碑
長い坂道を上った先にある入り口を進むと、見えてくるのは中村汀女句碑。昭和の著名な女流俳人であり、ここ野毛山で俳句を詠んだそう。記された「蕗のたう おもひおもひの 夕汽笛」の句からは、季節はもちろん、音も鳴り響く情景が浮かびます。

灯籠に見えるこちらは、高さは3mほどのラジオ塔。ラジオの聴取契約者が100万人を越えた記念に、日本放送協会が建てたものです。日本各地に全部で41ヶ所が建っており、これはそのうちの1つであるそう。

木々に包まれているのは佐久間象山碑。江戸時代の儒学者であり、幕府に戦略上の観点から横浜の開港を提言しました。「ペリーから敬礼を受けた、ただ1人の日本人」とのエピソードもあるようです。

ユニークなデザインの展望台
園内の高所にあるのは展望台。一見するとシンプルですが、よくみるとかなり個性的なデザイン。

3階建てに見えますが、2階部分は吹き抜けで存在しないという構造。加えて、1階部分はほぼ全てがトイレ。最上階に上るのには、階段だけでなくなんとエレベーターもあります!
上部の展望台は眺めが抜群!それほど高いわけではありませんが、丘の上から街を見渡す景色は爽快です。

「横浜ランドマークタワー」、「横浜グランドインターコンチネンタル」、横浜コスモワールドの観覧車「コスモクロック21」など、横浜を象徴する建築を多数見ることができます。「横浜ベイブリッジ」や「横浜マリンタワー」もチラ見できますが、海はほとんど見えません。

かつてはこのすぐ近くまで入江となっていましたが、江戸時代に吉田勘兵衛という人物が埋め立て、吉田新田をつくり、今の横浜の街へと繋がっていくのです。
レトロな佇まいの配水池
園内に見えるドーム状の建築は、旧野毛山配水地。柵で囲われているため近づくことはできませんが、離れたところから見ることは可能。

ここはいったいどういう施設だったのでしょうか?
明治20年(1887年)10月、お雇い外国人であるヘンリー・スペンサー・パーマーによって日本最初の近代水道が横浜に誕生します。先ほどの展望台の近くには碑が建立されており、公園の案内板では「横浜にキレイな水を届けてくれた恩人」として紹介されていました。

パーマー氏は野毛山浄水場を造りますが、大正12年(1923年)の関東大震災によって崩壊。その後、浄水場に代わる施設として昭和5年(1930年)に完成したのが、こちらの旧野毛山配水池。浄水場からの水を一時的に保存し、各地へ分配するための施設です。
平成7年(1995年)まで稼働しており、現在は新野毛山配水池がその役割りを引き継いでいます。施設の老朽化によって立ち入りは不可ですが、展望台から眺めながら当時の面影を感じることができました。

デザイナーが手掛けた吊り橋
動物園の入り口に架かる歩道橋「野毛のつり橋」。横浜市初のスロープ式歩道橋であり、インダストリアルデザイナーである柳宗理が手掛けました。

柳宗理は、民芸運動の指導者である柳宗悦の息子にあたる人物。他にも横浜市営地下鉄のベンチや水飲み場、東名高速道路の足柄橋などもデザインしています。
野毛山公園案内板も柳宗理のデザインであるそう。もうだいぶ老朽化しており、表示が見えにくくなっていますね。

ということで、橋を渡って動物園に行ってみますね!つづく。
アクセスと営業情報
JR京浜東北線・横浜市営地下鉄「桜木町」駅下車徒歩15分、京浜急行線「日ノ出町」駅下車徒歩10分。
| 料金 | 無料 |
|---|---|
| 公式サイト | https://www.hama-midorinokyokai.or.jp/zoo/nogeyama/nogeyamapark.php |
※掲載の情報は2026年1月時点のものです。最新情報は公式HPにてご確認ください。


コメント