瀬戸の町の救世主!窯の神・加藤民吉が眠る『窯神神社』(瀬戸市)

愛知県

瀬戸にある窯神(かまがみ)神社は、「磁祖」として加藤民吉という人物が祭られています。聞きなれない言葉ですが一体如何なる人物なのでしょうか。さらに、ここからしか見ることができない絶景・瀬戸キャニオンについてもまとめました。

2020/11/20(金)

陶磁器に関連する神社

名鉄瀬戸線の尾張瀬戸駅から住宅街の細い坂道を登ること約10分、町を見下ろす高台に立っているのが窯神神社。境内は人の気配がほとんど無く、とても静かな空気が流れます。

丸っこく印象的な社殿。こちらは焼き物を造成するための丸窯をモチーフにしてデザインされています。

さらに狛犬も磁器製。さすが日本有数の焼き物の町として知られる瀬戸、随所にオリジナリティがあふれています。

ここは、「磁祖」と呼ばれる加藤民吉を祭っている神社。いったいどのような人物だったのでしょうか。

瀬戸を救ったヒーロー加藤民吉

瀬戸の歴史において重要な人物とされる加藤民吉(かとうたみきち)。彼の経歴を簡単にまとめてみました。

陶工になれなかった民吉

加藤民吉は江戸時代中期に瀬戸の窯元に生まれました。瀬戸窯といえば、古来より陶器の製造で広く知られていた場所。安定した生活が送れていたかと思いきや、当時の瀬戸は最大のピンチを迎えていました。

その頃の人気は陶器から磁器へと変わっており瀬戸の陶器の需要は激減。製造数を減らすため、釜屋にはロクロは1つしか置くことができず、陶工になれるのは長男のみというルールが設けられているほどでした。

次男であった民吉は陶工になることができず、熱田で新田開拓などの土方人足として暮らしていくしかありませんでした。

磁器造りに挑戦するも・・・

民吉たちが慣れない鍬をふるっている姿に気づいたのが熱田奉行の津金胤臣(つがね たねおみ)。胤臣はかねてより磁器製造を考えていたため、民吉たちをこれに起用。

清国の「陶説」という書物を頼りに新製焼として磁器製造にとりかかるも、その道は険しくなかなか上手くいきません。いくつかの磁器製造には成功したものの、九州産の有田焼や伊万里焼といった磁器のクオリティには遠く及ばず、困難を極めました。

「このままでは成功できない」そんな思いから、国内磁器製造の本場である九州に学びに行くというアイディアが出てきます。

ワザを学びに九州へ

その重役に抜擢されたのが民吉。本場である有田伊万里へ行くことができれば手っ取り早いのですが、門外不出の技術をもった窯に余所者を受け入れてもらうことは至難の業。

そんな中、天草にも磁器の窯があり、そこにある東向寺の天中和尚が瀬戸出身であることが判明します。民吉は、まずは天草へと旅立つことになります。

磁器マスターへの道のり

天草にて修行を積んだ民吉は、佐世保平戸松浦などの窯元を渡り歩き、最終的には有田で約4ヶ月過ごすことになります。多くの窯で修行を積み、製磁技術を学ぶことができました。

しかし、門外不出であった上絵の技法だけは、どうしても知ることができませんでした。

最後、瀬戸に帰る前に天草へ訪れてお礼を伝えたところ、なんとそこで上絵の技法を伝授してもらえることに。これにより、民吉は磁器の製法をマスターすることに成功します。

復活の瀬戸

民吉が持ち帰った技術により、瀬戸での本格的な磁器造りがスタート。瀬戸染付(せとそめつけ)と呼ばれる瀬戸製の磁器は、京や江戸をはじめとして各地へと出荷されていきます。

危機を迎えていた陶器の町は、陶磁器の町として蘇ることになりました。

民吉は、その功績から「磁祖」と呼ばれるようになり、ここ窯神神社にて祭られることとなったのでした。

続く天草との関係

民吉の修行に協力した天草の天中和尚が居た東向寺の開山300年を記念して、瀬戸から「民吉翁之碑」を贈りました。

それに対する返礼として贈られたのが、こちらの石碑「飲水思源碑」。飲水思源(いんすいしげん)というのは、中国の故事成語の1つで、「水を飲むときはその源を思へ」という意味。

すなわち「物事の基本や原点を忘れるな」ということで、さらに転じて「人から受けた恩を忘れない」といった意味合いでも使われているコトバです。

圧巻の瀬戸キャニオン

駐車場のフェンスの先には広大な景色が広がっています。こちらは、陶磁器の材料となる陶土・珪砂採掘場。そのスケールの大きな光景から、「瀬戸キャニオン」という愛称でも呼ばれています。

瀬戸が焼き物の町として発展することができたのも、良質な土が豊富にあったのがそもそもの理由。この谷が、瀬戸のやきものへと変わっていくと思うと、なんとも感慨深いです。

なお、ここには高いフェンスがあるため、あまりよく見えないのが難点。木も生い茂っているため、夏場はかなり見づらくなりそうです。

私は車のドアを開けてシートの上に立ち、乗り出すような姿勢で撮りました。上手く撮影するには高い位置から撮る手段を用意するのがおすすめです。

もっと詳しく瀬戸物について知りたい方は、すぐ近くの瀬戸蔵ミュージアムもセットで!民吉のストーリーに関するわかりやすい展示や、実際に民吉が造った作品も見ることができます。

やきものタウンのヒストリー『瀬戸蔵ミュージアム』(瀬戸市)
昭和の町が広がるノスタルジックな博物館。再現された焼き物造成の工房や窯、びっしりと並んだ瀬戸の陶磁器、そしてそれを運んでいた「せとでん」車両と、焼き物の町である瀬戸を丸ごと体感できるスポットです。

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