芝の地に構える重厚な寺院。都内のお寺の中でもかなりの大きさを誇ります。迫力の三解脱門や東京タワーをバックに構える大殿、6人の将軍が眠る墓所、そして隠されたモヤイ像など広い境内には見どころがたくさん。
<墓所・宝物展示室>
時間:10:00~16:00
料金:500円
休館日:火曜
増上寺へのアクセス
JR山手線の浜松町駅から徒歩10分、都営大江戸線・浅草線の大門駅から徒歩5分、都営三田線の御成門駅から徒歩3分ほど。多くの路線が利用できるため、アクセスしやすいお寺です。
浜松町駅から行くのがおすすめ
今回は、あえて少し離れている浜松町駅から向かいました。その理由は、浜松町駅前の歩道橋から見ると、街中にそびえる増上寺の大きな姿を拝むことができるからです!ビルの合間からは、大門、三解脱門、大殿が重なって見えます。
増上寺目指して進んでいくと、まずは大門。市民の寄付により再建された門で、地下鉄大門駅の駅名にもなっています。車が次々と門を通り抜けていくのが何だか新鮮です。
大門を抜けると巨大な三解脱門(さんげだつもん)が見えてきます。かなり大きな建築で、迫力あります。こちらは戦災を免れた江戸時代の建造物。
この門をくぐると、三毒「貪」「瞋」「癡」から解脱できるそう。見慣れない漢字ですが、三毒はそれぞれ「貪=貪欲」「瞋=怒り」「癡=愚かさ」を示しています。
なお、大門と三解脱門の距離は108間(192m)。百八煩悩に由来しているとのことです。増上寺では各所の数字に意味があるのが面白いポイント。
東京を代表する巨大寺院
三解脱門を抜けると、目の前に広がる広大な境内。そして、どっしりと構える大殿。東京タワーがまるで伽藍の一部であるかのように、大殿の後ろにそびえたっております。※伽藍(がらん):寺院内の建造物のこと
もともとは室町時代に貝塚という地域に建立されたお寺。その後、徳川家の菩提寺になったことにより、芝の地に移転。次々と伽藍が建立されて巨大な寺院へと姿を変えていきます。
江戸幕府は、江戸の鬼門である上野には寛永寺を、そして裏鬼門にあたる芝にはこの増上寺を配置することで鬼門封じの役割を持たせたといいます。
浄土宗の総本山は京都東山の知恩院ですが、増上寺は善光寺(長野)や、光明寺(鎌倉)と合わせて浄土宗の七大本山の1つとして数えられています。
重厚な「大殿」
三門から大殿までの距離は阿弥陀仏48願を意味する48間、大殿前の階段は阿弥陀仏の本願18願を意味する18段、そして、大殿前の階段は25菩薩を意味する25段と、距離や階段の段数にもしっかりと意味があります。大門から緻密に計算されて配置されているのです。
大殿は都内でも最大級の御堂で、戦災により焼失してしまった後に再建されたものです。
内部は、広い空間にツヤツヤの床がまるで水面のように光を反射しており、何とも神秘的。黄金に輝く本尊・阿弥陀如来坐像や、浄土宗の宗祖である法然上人像が安置されています。
※法要時以外は撮影可能とのことなので、隅っこの方から一枚撮影させていただきました。
6大将軍が眠る「徳川将軍家墓所」
2代秀忠・6代家宣・7代家継・9代家重・12代家慶・14代家茂の6人の将軍と、その正室や側室が埋葬されている徳川将軍家墓所があり、500円で見学することができます。
墓所の入り口は青銅の鋳抜門。両脇には昇り龍。下り龍の2匹の龍が鋳抜かれています。見学の際は、この門の隣の通路から入るため、この扉は開きません。
ずらりと並ぶ石塔・宝塔の数々。かつての霊廟は現在の増上寺の左右に大きく広がっていましたが、その多くは空襲により焼失してしまいます。東京オリンピック開催による整地などの理由も重なり、この地に集められました。
なお、徳川歴代将軍の墓所は、上野の寛永寺にも存在しています。そちらに眠る将軍は6人と、増上寺と同じ数。初代家康と3代家光は日光東照宮、15代慶喜は谷中霊園ですが、それ以外の将軍は増上寺か寛永寺のどちらかに眠っています。
霊廟模型と五百羅漢図「宝物展示室」
大殿に向かって左手には、地下へと続く階段があります。そこは貴重な資料を展示する宝物展示室。通常700円ですが、墓所と共通券だと1,000円。200円安くなります。
展示の中心となっているのは「台徳院殿霊廟の1/10模型」。戦争により焼失してしまった2代将軍・徳川秀忠の御霊屋で、高村光雲が監修のもと、東京美術学校(今の東京芸術大学)が中心となり造られました。
江戸時代後期の絵師・狩野一信による「五百羅漢図」も見応えあります。かつて増上寺にあった羅漢堂にて公開されていた、全100幅に及ぶ大作です。ここでは10幅ずつ、期間によって入れ替えで展示しています。
展示室は一部屋だけですので、墓所と宝物殿合わせても30分くらいあれば見てまわれます。
※写真撮影禁止でしたので、ポスターの写真です。
境内でみつけたもの
41代大統領となるブッシュ副大統領が昭和57年に植えたブッシュ槙(まき)。近くには、18代大統領のグラント将軍が植えたグラント松もあります。どちらも三解脱門を抜けたすぐ近くにあります。
大殿向かって左には、浄土宗の開祖である法然像。勢至丸(せいしまる)と呼ばれていた幼年期の御姿をしています。浄土宗のお寺では、同様の像を見かけることが多いです。
カラフルな風車が並んでいます。こちらは千躰子育地蔵菩薩。増上寺のひまわり講の方々が中心となって建てた千躰(せんたい)のお地蔵様。徳川将軍家墓所へ向かう途中に見つけました。
青銅製の屋根と扉が鮮やかな大納骨堂。江戸時代から昭和にかけて活躍した仏師・高村光雲による地蔵尊像をご本尊として安置しています。大殿の裏側にあるため、ここまで来ている観光客はほとんどいません。
難易度高めな「モヤイ像探し」
さて、増上寺に来たら忘れてはいけないのがモヤイ像探し!
渋谷の駅前で有名なモヤイ像ですが、もともとは伊豆諸島の新島で作られています。その後、日本各地に送られており、青森県や静岡県など現在でもあちこちで見ることができます。
この増上寺にもモヤイ像があるのですが、場所が非常にわかりにくい!お寺の方に尋ねても知らない場合が多いくらい、存在感を消しています。
おそらく、観光客があまり入らないエリアだと思うので詳しい場所を記載するのは避けますが、モヤイ像、無事発見しました!
モヤイ像は2体がペアとなっていることが多いのですが、ここでもしっかりと2体そろっています。
★ヒント:「増上寺会館のお庭」
とにかくスケールの大きな伽藍が見ごたえ抜群のお寺でした。同じく江戸を守護していた寛永寺をめぐった後だと、また違った見方ができます。
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