石造りのアーチ門と巨大ガジュマルが荘厳な『崇元寺跡』(那覇市)

沖縄県

石造りのアーチ門の先に巨大なガジュマルがそびえる公園。ここはかつて崇元寺というお寺が立っていた場所でした。琉球王朝にとって非常に重要であったそうですが、いったいどのような寺院だったのでしょうか?

訪問日:2025/12/14(日) ※掲載の写真・情報は訪問時のものです

重厚なる寺院跡

国際通りから少し離れた道路上に突然現れるのは、石造りの重厚な門。ここはかつて崇元寺(そうげんじ)というお寺のあった場所です。

1933年に旧国宝に指定されるほど立派な寺院でしたが、沖縄戦の戦火によって焼失。1972年に国の有形文化財にも指定、2025年には「崇元寺跡」として国の史跡にも指定されました。

このアーチ門は閉ざされておらず、自由に出入りが可能。ということで、中に入ってみましょう!

圧巻の巨大ガジュマル

門をくぐると目の前に広がるのは巨大なガジュマル!!車が常に行き交う騒がしい道路から離れて、別の世界に迷い込んだような錯覚に陥ります。トンネルをくぐっているため、映画『千と千尋の神隠し』の冒頭を思い出すシチュエーション。

枝ぶりに加えて、石垣に伸びる根っこの広がり方も神秘的。こちらは『天空の城ラピュタ』のラストシーンが浮かびますね。

このガジュマルは「崇元寺公園のガジュマル」として、那覇市の都市景観資源にも指定されています。その街らしさを形づくっている、大切な見た目の要素が指定されるこの項目には、建物だけでなく巨木や石垣など様々な要素が登録されています。

寺院の遺構と模型

ガジュマルの奥は芝生の広場。ここは崇元寺公園として整備されており、トイレもあります。早朝であるためか、誰もおらず、私の異世界気分は解けておりません。

芝生の奥に何かあります!これは崇元寺の遺構とのこと。積まれた石垣、柱を支えていたであろう礎石も見えます。実はこの遺構、発掘調査時の状況を忠実に再現した模型。実物はこの模型の真下に眠っているのです。

遺構模型のそばには、1/150スケールの模型も。諸堂が再現されており、この広場に並んでいた姿がイメージしやすいです。

門の先に「前堂」があり、その奥に「聖廟」があるという独特な伽藍配置。内地のお寺とは異なる設計ですが、いったいどのような寺院だったのでしょうか?

琉球王国の国廟

崇元寺は山号を霊徳山といい、創建年は宣徳年間 (1426~1435年)、もしくは成化年間 (1465~1487年)と伝えられています。本堂にあたる「正廟」に歴代国王の位牌を祀ったことから、琉球王国の国廟と称されていました。

新国王の任命儀式である「冊封(さっぽう)」では、まず最初に先代国王の葬儀を執り行いますが、その儀式が開かれるのがここ崇元寺であったそう。琉球王朝にとって重要な寺院であったことが、十分過ぎるほど伝わってきました。

実は、先ほど見かけた模型は2023年と比較的最近設置されたもの。現在もこの寺院跡の保存整備事業は進行形であり、「ガイダンス施設」の設置を進めているそうです。いつかは諸堂が往時の姿に復元される日が来るかもしれませんが、そうなるとちょうど前堂の位置に立っているガジュマルはどうなってしまうのでしょうか。復元は見たいけど、石垣に広がるガジュマルは残してほしいところです。

石門の外へ出ると、車が行き交う交通量の多い道路。現実の世界に帰ってきたような気持ちになれました。

アクセスと営業情報

ゆいレール「牧志駅」より徒歩8分、「美栄橋駅」より徒歩10分。

開門時間 24時間
料金 無料
公式サイト https://www.naha-contentsdb.jp/spot/679

※掲載の情報は2025年12月時点のものです。最新情報は公式HPにてご確認ください。

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