田園風景にあらわれる巨大な前方後方墳『上侍塚古墳&下侍塚古墳』(大田原市)

栃木県

古代の史跡が多く残る大田原市において、特にインパクトがあるのが侍塚古墳。「上侍塚」「下侍塚」と2つの古墳があり、いずれも80mを越える大型の墳丘が残っています。時代劇でもお馴染みの水戸光圀とも深い関わりがあるようです。

2021/10/30(土)

田園に現れる巨大古墳

那須塩原市から大田原市に向けて国道294号線を南下していると、道路沿いに大きな山が見えてきます。よく見ると、山と呼ぶには少し不思議なカタチ・・・・もしかして古墳では!?

こちらは、下侍塚古墳。大田原市の湯津上地区には多くの古墳が残っていますが、その中でも代表的な古墳です。

すぐ近くにある大田原市なす風土記の丘湯津上資料館に車を停め、見学してみることにしました!

ちなみに資料館は入館料わずか100円で入ることができます。展示室も一部屋とコンパクトなので、ついでに立ち寄ってみるのもおすすめ。駐車場にはかわいいハニワもたくさんいますよ~。

下侍塚古墳

全長84mというかなりの大きさの下侍塚古墳。墳丘上にそびえるマツは、まるで古墳を飾っているかのようです。考古学者の森浩一は、自著の中でこの下侍塚古墳を「日本で一番美しい古墳」と賞しているそう。

墳丘は自由に登ることができます。斜面は緩やかなので、意外と登りやすい。草は刈られており、きちんと手入れされている印象です。

墳丘上に何か見どころがあるわけではありませんが、そこから見える景色は心地よい。高い建物などが無く田園が広がる様子は、なんだか落ち着きますね。

なお、田植え前の時期には水田に映る姿を拝むことができるそうです!春先に訪れた方は、ぜひ東側から見てみてください!

上侍塚古墳

下侍塚古墳からわずか700mほどのところには、もう一基大きな古墳があります。こちらは上侍塚古墳。全長114mと下侍塚よりもさらに大きい古墳で、木々が生い茂る様子は山にしか見えません。

国道294号線から案内板に従い側道へ入って行くと、古墳のすぐ近くに数台の駐車スペースがあります。こちらに停めて古墳の墳丘へ。

マツ以外の樹木も自生しており、まさに雑木林といった雰囲気。木々の間から射しこむ木漏れ日が神秘的です。

墳丘上はやはりマツがメイン。さきほどの下侍塚古墳もそうなのですが、古墳にマツが生えているのってすごく新鮮な気がします。誰かが意図的に植えたのでしょうか・・・?

前方後方墳

奈良県の箸墓古墳や大阪府の大山陵古墳をはじめ、古墳ときいて頭に思い浮かべるのは鍵穴みたいなカタチの「前方後円墳」。

しかし、この2つの古墳は、前後ともに方形をした「前方後方墳」という形式で造られています。

大和政権では前方後円墳が主流でしたが、この地域には政権とは一線を画す文化があったのではないかと考えられています。前方後方墳は古墳時代前期、特に東日本や中国・四国地方に多いそう。

ちなみに、前方後方墳で国内最大は奈良県天理市にある西山古墳。その全長は約190mにも及びます。

水戸光圀との関係

この侍塚古墳は、江戸時代に水戸光圀によって調査が行われたことでも知られています。光圀による調査は、日本初の学術的発掘とも言われております。1676年に発見された飛鳥時代の石碑「那須国造碑」との関連性を調べるために行われましたが、石碑と古墳の年代は異なっているため、関係を裏付ける結果を得ることはできなかったようです。

調査の際に甲冑や鏡などが出土したという記録が残っていますが、光圀はこれを絵図に記録した後、松の箱に入れて埋め戻したそう。また、墳丘が崩れるのを防ぐためにマツを植えております。現在の木々が広がる外観は光圀による、古墳維持のためのアイディアだったのです!

そんな侍塚古墳ですが、2021年より本格的な再調査が開始されました!レーダーなど現代の最新技術を駆使し、5年ほどかけて精密な調査を行う予定とのこと。

光圀が埋めた松の箱は出てくるのでしょうか?調査結果が楽しみです!

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