九尾のキツネの伝説が残る『殺生石』(那須町)

栃木県

那須湯本温泉の近くにある、非常に物騒な名前を持つ石。殺伐とした雰囲気の岩場に祀られるこの石は、近づく生き物の命を奪うといわれてきました。九尾の狐という大妖怪にまつわる伝説が残されているそうですが、いったいこの地で何があったのでしょうか?

2021/10/29(金)

源泉地帯の園地

殺生石までは、240mほどの遊歩道を進んでいきます。ウッドデッキが敷かれおり、とても歩きやすい道。湯川という川が流れており、せせらぎの音と硫黄の匂いが立ち込めます。

歩道の外は、大きな岩がゴロゴロと転がる荒涼とした土地が広がります。

火山性ガスや温泉の蒸気の影響で草木は育たず、殺伐とした風景。雲仙地獄や登別地獄谷を彷彿とさせる、いわゆる「地獄」と呼ばれるタイプの光景です。

途中の見どころ

殺生石までの道のりにはいくつかの見どころがあります。こちらの石は盲蛇石(もうじゃいし)。その昔、五左衛門という男が盲目のヘビを助けたところ、湯の花が採れるようになったというエピソードにちなんでいます。

続いて現れるのは湯の花採取場跡。湯の花というのは地表から吹き出たガスの硫黄成分が結晶化したもの。江戸時代には年貢米の代わりに湯の花を納めていたりもしたそう。

びっしりと並ぶのは千体地蔵。ここのお地蔵さまは、手を合わせているという少し変わったデザイン。昭和50年代に、那須湯本の旅館組合の人々によって寄進されたものとのこと。

命を奪う殺生石

遊歩道の一番奥には柵で区切られた空間。多くの岩が転がる中で、注連縄がかけられているのが殺生石。明らかに異質なオーラを放つ、なんとも凄みのある石です。

この殺生石には、毒気を放ち近づく生き物の命を奪っていたという伝説があります。江戸時代の俳諧師である松尾芭蕉も訪れており、『おくのほそ道』にて、多くの蜂・蝶が命を奪われた様子を描写しています。

現在も近づくことは許されませんが、もし触れたら命を奪われてしまうのでしょうか。そもそも、なぜこの石は命を奪うのでしょうか?

キツネにまつわる伝説

この殺生石には、玉藻前(たまものまえ)という狐の妖怪が関わっています。

妲己(だっき)・九尾の狐とも言われる大妖怪で、インドや中国を荒らした後、日本に渡ると鳥羽上皇に取り入り寵愛を受けていました。しかし、陰陽師である安倍泰成(安倍晴明の5代目の子孫)によってその正体がバレると、那須へ逃亡。潜伏していましたが、討伐軍によってついに討たれます。

力尽きた玉藻前は、巨大な石に変化。近づくものの命を奪う毒気を放ち続けます。困った村人たちは鎮魂のために僧を招くも、皆石の毒気にやられてしまいます。時は進み南北朝時代になると、玄翁という和尚が登場し、これを破壊。その破片は各地へ飛び散っていたそう。

各地に残る殺生石

その飛び散った殺生石にまつわる伝説は、日本各地に残されています。

那須に近く、猪苗代町にも殺生石があります。こちらも大きな岩ですが、真ん中に亀裂が入っているのが特徴的です。(こちらは囲いや案内板などもなく、観光地にはなっておりません。Google Mapにも出ないため、見つけるのはかなりタイヘンです)

殺生石の破片は、日本各地の「高田」という地名の場所に飛んだ、という説もあります。安芸高田(広島県)、美作高田(岡山県)、越後高田(新潟県)、豊後高田(大分県)、会津高田(福島県)あたりが候補とされており、殺生石にまつわる伝説が残されている場所もあります。

さらに、飛び散った破片が別の妖怪になったというお話も。飛騨地方の牛蒡種、四国の犬神、関東地方のオサキがこれに当たるとも言われています。

様々な伝説が残る殺生石。次に高田と付く場所に行ったら、少し調査してみようかな。

アクセス情報

那須湯本の温泉街からすぐ近くにあり、殺生石の入り口は鹿の湯から200mほど。

JR東北本線の那須塩原駅から約45分のバス停《那須湯本》下車後、徒歩3分ほど。車の場合は東北自動車道の那須ICより30分ほど。遊歩道の入り口には無料の駐車場があります。

コメント

  1. NoName より:

    犬夜叉にでてきそうな名前でつい見てしまった。
    凄く面白い記事でした。
    栃木県に数十年住んでいるけどまだまだ知らないことが沢山あるんだなと思うと何だかワクワクしてきます。
    これからもこういった記事楽しみにしています。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。
タイトルとURLをコピーしました