日本100名城にも選ばれている川越城。その建築はほとんど遺されていませんが、本丸御殿や富士見櫓では当時の面影を感じとることができます。城跡内には街の歴史をより詳しく学べる川越市立博物館も。
川越城跡へのアクセス
最寄り駅は、JR川越線&東武東上線の川越駅、もしくは西武新宿線の本川越駅。駅前で東武バスに乗り換えて10分、バス停《市役所前》下車後徒歩5分で到着です。
駅から直接歩いて向かう場合は約25分かかります。歩くのは好きなのですが、今日は真夏日。炎天下で体力を奪われてしまうので、バスを利用することにしました。
「川越城」って?
蔵造りの街並みが残り、小江戸として有名な川越。しかし、川越城についてはほとんど知名度が無いのではないでしょうか。
川越城は、江戸城(現在の皇居)を築城したことでも有名な太田道灌(どうかん)と、その父・太田道真によって1457年に造られました。上杉氏や後北条氏の支配を経て、徳川家康の関東移封とともに徳川家の城となります。
江戸時代に入ると川越城を中心に城下町が形成されます。
現代でも小江戸と称され、江戸の面影を残す人気の観光地となっている川越の街。その街が形成され、にぎわい始めたのも、このときから。川越の発展は、この川越城があったからなのです。
その後、明治維新の廃城令により、多くの建築が壊されることとなります。現在、二の丸跡は川越市立博物館・川越市立美術館に、三の丸跡は埼玉県立川越高等学校へと姿を変えました。
そんな川越城には2つの別名があります。
1つ目は「初雁(はつかり)城」。北国から渡ってきた雁(かり=渡り鳥)がこの地で初めて鳴くことから名づけられました。
2つ目は「霧隠城」。城内にはフタをした「霧吹きの井戸」と呼ばれる井戸があり、敵に攻められた際にフタを空けるとたちまち霧が立ち込めて敵の進軍を妨げていたそう。
どちらも雰囲気があってすごく素敵な名前です。霧吹きの井戸は、現在川越市立博物館の前に移築されています。気になる方は覗いてみてはいかがでしょうか。
情緒あふれる「本丸御殿」
休館日:月曜、年末年始など
入館料:100円
川越城跡で、当時の面影を最も残しているのが本丸御殿。1848年に当時の川越藩主である松平斉典(なりつね)が造営したもので、川越城唯一の遺構となっています。入場料はわずか100円です。
内部はかなり質素。派手な装飾などはほとんどありませんが、趣のある内装はシンプルに美しい。
家老詰所にある縁側はまったりスポット。サルスベリが咲く庭園を眺めながら、やってくる蝶や鳥を見ながらひと休み。たまに吹く風がとっても心地よいです。川越散策で歩き疲れたら、ちょっと座ってひと休みするのにも良いかもしれませんね。
また、この本丸御殿は人気の撮影スポット。浴衣を着た人たちがカメラを構えてあちこちで記念撮影していました。
川越をもっと詳しく!「川越市立博物館」
休館日:月曜、年末年始など
入館料:200円
二の丸跡にあるのは、川越市立博物館。周辺で出土した土器や、江戸時代の川越の城下町を再現したジオラマなど、古来から現代に続く人の営みを感じることのできる資料が並んでいます。館内には蔵の街を再現した雰囲気のある展示室も。
川越城を造った名将・太田道灌についての展示も充実。文人、歌人としても優れていた武将であり、歌で部下の士気を鼓舞したエピソードや幼少期の逸話などが映像コンテンツでわかりやすく知るこができます。優れていたが、人から誤解を受けることが多かった道灌は、主君から謀反の疑いをかけられ、悲しい最期を遂げてしまいます。
唐突に表れるのは石焼き芋リヤカー。このリヤカーは、青森県出身の沢田義晴が川越市内にて使用していたものとのこと。
サツマイモの栽培が盛んな川越では、江戸時代より庶民のグルメとしてサツマイモが親しまれていました。
並べられているのは芋せんべい。斜めに薄く切ったサツマイモをハサミ焼きにし、蜜を塗って乾燥させたお菓子。パリッとした食感が楽しめる甘いお菓子だそう。うーん、サツマイモが食べたくなってきたので、このあとはサツマイモスイーツでも食べ歩きしようかな。
城下町を一望「富士見櫓」
川越城に天守閣は無く、その代わりとなっていたのが城内最高地点にある富士見櫓。現存していませんが、かつては立派な3層の櫓があったそう。
本丸御殿から少し歩いたところ、住宅街の中に櫓跡が残されています。小さな山のような外観ですが、階段が整備されているため自由に登ることが可能。
登った先にあるのは浅間神社と御嶽神社。
木が茂っていますが、川越の街を見渡すことができます。今は大きな建物ばかりですが、昔は城下町を一望できたことでしょう。
そろそろ日が暮れてきたので次の目的地・川越氷川神社へと向かいます。
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