島の中央に位置する神社。明治時代の開拓から現代に至るまで、島の人々の営みを見守り続けてきました。希少な動植物が暮らす深い森に包まれており、ダイトウオオコウモリも見ることができるそうです…!

島の中央にある神社
玉置半右衛門率いる大東諸島開拓団が明治33年(1900年)に入植を開始した南大東島。その数年後、開拓団は北大東島へも上陸し、開拓事業を開始します。最初はサトウキビを8株植えただけにとどまりますが、明治43年(1910年)以降に本格的な開拓がスタート。サトウキビを使用した製糖業、そして燐鉱石の発見により燐鉱業が栄えていきます。
そんな開拓の歴史の中で、製糖事業を営む玉置商会により創建されたのが大東宮。島の中心部、集落から少しだけ離れたところにあります。道路に面して石の鳥居が建っているので分かりやすいです!

当初は、島の西部にある黄金山に祀られていましたが、燐鉱の露頭が発見されたため、大正8年(1919 年)にこの場所に移され現在に至ります。
木々が生い茂る境内
石の鳥居の先には、石灯篭が並ぶ参道。ゆるゆかな斜面には落ち葉の絨毯ができあがっています。
細い針のような落ち葉は、マツかと思いきやたぶんモクマオウ。姿はもちろん、海岸や乾燥地という分布までマツと似ていますが、全く異なる樹木です。ちなみに漢字では「木麻黄」と書きます。
その奥に鎮座する社殿。人が入れるサイズではありませんが、しっかりとした木造建築。まだそれほど年月が経っていないように見えます。

御祭神は南大東島の大東神社と同じく天照大神。摂社・末社はないみたいです。
相撲が奉納される例祭
南大東村の大東神社と同様、9月23日に祭が開催されます。その名も「大東宮例祭」。
9月22日の前夜祭では山車と神輿が島内を練り歩き、打ち上げ花火も開催。9月23日の本祭では記念式典が執り行われ、その後に江戸相撲と沖縄角力が奉納されます。八丈島からの入植者と沖縄からの移住者の文化が融合した独特の祭事となっているそう。
ここもやっぱり境内には土俵が設置されています。切妻の屋根の上には神社建築でおなじみの「鰹木」と「千木」が設けられており、相撲が神事であるということをしっかりと示しています。

西港付近にある「金刀比羅宮」や、空港の傍の「秋葉神社」にも土俵がありましたが、この島では神社=相撲なのでしょうね。
鳥獣保護区の森
神社の周辺は木々が生い茂る森。固有種をはじめとした希少な生物が多数暮らしている南北大東島は、島全体が鳥獣保護区に指定されています。その中でも、この神社の周辺や「長幕の森」は、特別保護区。建物の建築・改築や、伐採、池の埋め立てなどには制限がかけられている地域なのです。

ダイトウコノハズク、ダイトウカイツブリ、ダイトウヒヨドリなど、もう名前からして固有種である様々な鳥類が暮らしています。
そして、夜間には天然記念物のダイトウオオコウモリが飛び交うというというウワサ。寝ているオオコウモリを見つけてみたくて昼間に森の中を探してみたのですが、全然見つけられず。

鳥居のすぐそばに、ダイトウオオコウモリが好きなトックリキワタも見つけました!南大東島で数十匹が集まっていた樹木。花も咲いているのでこれは期待できそう!そう思って夕方に訪れたのですが、オオコウモリの気配はなし。

この辺りは夜になると真っ暗となりちょっと怖いので、集落の近くでオオコウモリ探しすることにしました!つづく。
(このパターン、南大東島の大東神社ときとまったく同じですね!)


コメント