北大東島 Part 3 燐鉱山遺跡めぐり② 〜巨大な貯蔵庫跡とドライヤー建屋跡〜(大東諸島)

大東諸島

前回に続き、今回も島の西側に残る燐鉱山遺跡めぐりへ!西港のすぐそばには、貯蔵庫跡、ドライヤー建屋跡、荷揚げ場跡など多数の遺構が残されています。巨大な鉱山遺跡は迫力満点です!

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訪問日:2025/11/16(日) ※掲載の写真・情報は訪問時のものです
「①りんこう交流館」「②りんこう交流館の周辺」「③第四倉庫跡とその周辺」までは前回ご紹介しましたので、今回は残る④〜⑦でございます!

④西港付近

バイクで西港へ繋がるスロープへ。海辺に散らばるレンガの建築は、ドライヤー建屋跡。ここは特に大きな遺構が残されており、見応えたっぷりなエリアとなっています。

これほどの廃墟が立ち入り禁止などの案内もなく、普通にあるのが北大東島の面白いところ。ところで、ドライヤー建屋ってなんでしょうかね…?

ドライヤー建屋跡から海に延びるスロープは、旧西港荷揚げ場跡・船揚げ場跡。なかなかの急斜面ですが、かつてはここから艀(はしけ)という小型の船を降ろしていたそう。

近くには錆びついたウインチも見かけました。海をバックに佇む姿は、廃墟マニアだけでなく多くの人に刺さるノスタルジックなはず。

港の大半を占めているのは燐鉱石貯蔵庫トンネル。多数の円筒型のトンネルが横たわる、規模の大きな遺跡です。

トンネルは道沿いにあるため、こんな感じの写真が簡単に撮影できます。もうこのあたりは写真に撮りたくなる光景ばかり!シャッターを切る指が止まらないとはこのことだ!

⑤燐鉱石貯蔵庫跡

島の燐鉱山遺跡において、最も見応えがあるのが燐鉱石貯蔵庫跡。広々とした西港のそば、先ほどのトンネルと背中を合わせるような形で鎮座しています。

岩場の奥にあるようですが、どうやったら近づけるのでしょうか?よく見ると足場のようなものがあるので、上ってみることにしました!ルートを選べば、ぎりぎりで手を使わなくても大丈夫なレベルの道です。

たどり着いた貯蔵庫跡は、まるでお城のような石垣。北大東島を代表する絶景、ついに念願の場所にたどり着けて、ちょっぴり感動です!

前述の通り、ここはトンネルと背中合わせ。こちら側からも、さきほどのトンネルが見えます。

これまではQRコードが壊滅状態であったためほとんど情報を得られませんでしたが、ここには案内板が設置されていました。

燐鉱業のはじまりは、島を開拓した玉置商会によって開始されました。沖縄各地から労働者を集めて明治43年(1910年)に露天掘りを開始するも、上手く軌道に乗せることができず。大正7年(1918年)、第一次世界大戦の影響で、ラサ鉱業が沖大東島にて採掘していた燐鉱石が価格高騰。玉置商会から北大東島の経営権を受け継いでいた東洋製糖はこれに刺激を受けて沖大東島を視察。採掘や運搬のノウハウを学び、北大東島の燐鉱業を復活させました。

洗鉱分別され、トロッコで運ばれた燐鉱石は大型ドライヤーで乾燥。最後に天日干しをした後、この貯蔵庫にて保存していたそう。先ほどのドライヤー建屋跡は乾燥させるための施設、先ほどのトンネルはそこからこの貯蔵庫に運ぶためのルートだったのですね!わざわざトンネルというのも、雨や風の影響を受けずに乾燥させた燐鉱石を運搬するためだったのではないでしょうか。いろいろと繋がってきました!

⑥西港公園

西港を見渡す位置にある公園、その名も西港公園。夕方はウォーキングや犬の散歩をする人が訪れる、住民の憩いの場といった雰囲気。

穏やかな公園ですが、よく見ると錆びついた何かが置かれています。おそらくこれもまた燐鉱山関連の何か。

しっかりと台座が設けられているため放置されているわけではなさそうですが、解説がまったくないため詳しくはわからず…。

サークル状のスペースもあります。特に何か記載があったわけではありませんが、不自然なくぼみはきっと燐鉱山の何か施設があったのでは。円形を見ると、水と鉱物の分離を行う円形の沈殿槽「シックナー」が頭に浮かびますが、金や銀と異なる燐にその工程は無さそうな気も。

西港公園から西港を眺めると、集荷桟橋の遺構が良く見えます。(※写真中央やや上の四角いところ)

先ほどの貯蔵庫に蓄えられた燐鉱石は、桟橋の先端のじょうごから、艀という小型の舟に落とし、そこから本船へ運ばれました。乾かして、保存して、船を降ろして、その船に載せる…。その一連の流れがやっと掴めました!

⑦大衆浴場跡

最後にご紹介するのが下坂村大衆浴場遺構。西港から1km弱離れた場所にぽつんと残っています。Googleマップだと道がないので、航空写真に切り替えがおすすめです。

ここは大正時代に建てられたお風呂の遺構。かつてこの辺りは鉱夫の集落が広がっていたそうです。

しっかりした石垣から、浴槽らしきスペースも見ることができます。男女それぞれ2つずつの浴槽があったようです。

タイミングによるかもしれませんが、ここは信じられないくらいアリがたくさんいます!

小さな赤いアリで、おそらく外来種のツヤオオズアリ。アリなんて気にならない・・・なんて言ってられません!あっという間に靴がアリまみれに!足を払えばすぐに落ちてくれるのですが、立ち止まるとすぐにアリまみれ。このゾワゾワする感じは耐えがたく、急いでバイクにまたがりこの地を去りました・・・・。

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