日本全国にその名を知らしめる有田焼。「有田町歴史民俗資料館」や、磁器の原料を採掘した「泉山磁石場」、境内に有田焼がいっぱいの「陶山神社」、そして有田焼のテーマパーク「ポーセリンパーク」と4つの観光スポットをめぐって有田焼にどっぷりとつかります。
磁器発祥の有田
有田焼が製造されるようになったのは17世紀の初頭。豊臣秀吉による朝鮮出兵により、朝鮮半島から来た陶工・李参平が有田の泉山にて磁器の原料となる陶石を発見し、窯を開いたことからはじまります。
それまで日本では陶器の生産がメインでしたが、これにより初の国産磁器が生産されるようになります。
その後、色付けの技術が発達し「柿右衛門様式」や「金襴手」など、様々なバリエーションの磁器が製造されていきます。中東やヨーロッパへも輸出され、世界的な評価を得るほどに成長していきました。
大正時代になると、それまでは芸術品であった有田焼は、大量生産によって日用品としても製造されるように。現代では吉野家のどんぶりとしてもおなじみです。
歴史民俗資料館
そんな有田焼の歴史とその種類について深く学べるのが、有田町歴史民俗資料館。
入口にあるモニターでは、江戸時代に有田焼を作る様子を再現した映像作品が上映されています。青と白を基調とした有田焼の絵柄風アニメーションは、とてもわかりやすい内容。水力を利用した「唐臼」という道具で陶石を砕いたり、温度計の無い時代に熟練の技術で火加減を調節したりと、様々な工程を経て有田焼ができあがる様子を見ることができます。
展示室内には有田焼の生産に使用されていた様々な道具が展示されています。釉薬を浸していた「かけ鉢」や、色付けに使う金を計るための「金秤(きんばかり)」など、見慣れない道具ばかりで、とっても面白い。使用方法もちゃんと記載されています。
こちらは明治時代の登り窯の模型。山の斜面に作られた段々に連なる窯で、内部の温度を一定に保つためにこのような形になっています。この登り窯を駆使して、有田では多くの有田焼を生産し続けてきました。
泉山磁石場
歴史民俗資料館から徒歩数分の場所にある泉山磁石場。広場のような開けた土地に岩肌がむき出しになったダイナミックな景観が広がります。
かつてこの地で陶石が発掘されたことから有田での磁器生産がはじまったため、有田焼のはじまりの場所といっても過言ではありません。現在は国の史跡にも指定され採掘はほとんどなくなっていますが、この磁石場は400年物間有田焼を支えてきたそうです。
よく見ると大きな穴が空けられていますが、機械が無かった江戸時代は人の手によって掘っていたそう。
陶山神社
応神天皇、鍋島直茂、そして有田焼の祖である李参平を祀る神社。「陶山(とうざん)」とも読まれますが、正式名称は「陶山(すえやま)」とのことです。
この神社の境内では、様々なものが有田焼によって作られています。まず目を引くのがこちらの磁器製の鳥居。青く鮮やかに色づけされた姿は気品にあふれています。
真っ白に輝く白磁の狛犬。通常の石造りの狛犬に比べると、ツヤツヤでゴージャスな雰囲気。凛とした佇まいがなんとも美しいです。
石や青銅で造るのが基本の灯籠も、ここでは磁器でできています。かなり大きな作品で、しっかりと金網のガードも付けられています。
美しい有田焼の作品が並ぶ境内は、もはや美術館と呼んでも差し支えないレベルでした。
有田ポーセリンパーク
有田ポーセリンパークは、ヨーロッパ風に作られた有田焼のテーマパーク。有田焼の販売店や体験工房、レストランが集まります。
有田焼の歴史を知ることができる神殿「ヒストリー館」や、18世紀初頭のドイツの宮殿を再現した美術館「ツヴィンガー宮殿」といったミュージアムも備えているため、観光でふらっと訪れても楽しむことができます。特にツヴィンガー宮殿は、細部の装飾やバロック庭園にいたるまでかなりハイクオリティで造られており見ごたえ抜群!
本家ツヴィンガー宮殿に暮らしていたアウグスト2世は、東洋の磁器をコレクションしていました。当時のヨーロッパには磁器製造の技術が無く、東洋から渡ってくる白いやきものは憧れの存在でした。
その後、アウグスト2世はヨーロッパ初の磁器生産であるマイセン磁器を指示するのですが、その際も有田や古伊万里の絵柄に似せて作っていたそう。
他にも、園内には磁器製のチェス盤をはじめとした様々なオブジェが並んでいます。野外美術館のような楽しみ方もできる場所です。
さすが日本を代表するやきもの有田焼の産地というだけあって、やきものにまつわる観光スポットもとっても充実していました。
もっとディープに楽しみたい方は、有田駅から車で20分ほどの秘窯の里・伊万里大川内山エリアへ行ってみるのもおすすめです!
コメント