沖縄本島から遠く離れた島であり、地形的にも歴史的にも独特な存在感を放つ大東島。国境の島ならではの「国標」や、内地では見かけない「可倒式風車」、戦争遺跡である「忠魂碑」などをめぐっていきます!

国標
島の北東海沿いにある観光スポットが国標。いったい何かと思ったのですが、ここが日本であることを示した標のこと。

明治12年(1879年)に政府は琉球藩を廃して沖縄県を配置。侍従・鍋島直彬を沖縄県の初代県令に任命しました。その6年後、明治18年(1885年)に南北大東島を日本領土として正式に公表。これは、琉球諸島がイギリス、フランス、アメリカの艦船の往来が多い位置にあるため、国際的に所属を明確にしておく必要があったためです。
南大東島の開拓スタートは明治33年(1900年)なので、それ以前から人が訪れてはいたのですね。
そんな中で最初は木製の国標が建てられていましたが、今はコンクリートの土台に石の柱が建立されています。
南大東の海岸線はほとんどが崖ですが、ここも例外ではありません。切り立つ崖に立つと、目の前には太平洋の大海原!海の向こうに目をやると、北大東島が見えます!すごく平坦な島に見えますね。

そして虹が見えた!海で見ているため、一番ふもとの部分まで見えます!これは嬉しいです!!

なお、この国標へのアクセスは要注意!Googleマップだけを信じると、まずたどり着けません。
だって国標までの道が載ってないんですもの。
「航空写真」に切り替えるとすぐに道がわかりますので、迷ったらぜひ表示切り替えを!
可倒式風車
亀池港から細い道を上った先には倒れた風車が見えます。こちらは故障中ではなく、強風の際に倒して倒壊を防ぐ可倒式風車。台風の影響が強い沖縄の離島では時折見かけるタイプの風車です。

ブレードの直径は32m。「大東」を意味する方言にちなんで「うふあがりふうしゃ」という名前が付けられています。
風車は2基あります。もうひとつは「ゆいまーる風車(かじまやー)」。助け合いを意味する「ゆいまーる」に、風車の方言で健康長寿を意味する「風車(かじまやー)」が組み合わさったネーミングです。

この可倒式風車、台風などを避けるのはもちろんのこと、倒すことでメンテナンスがしやすいというメリットもあるのです。確かに、通常の風車は高所での作業が必要となるためそれはそれは大変そう!倒せば地上で作業できるので、きっと何倍も作業しやすいハズ。

この風車、アクセスがちょっぴり大変!もし車で向かう場合、亀池港の手前の上り坂が近道ですが、未舗装路でなかなかの悪路。周回道路(?)から入っていく道があり、こちらも未舗装路ですがまだマシな感じでした。ただしこの道はGoogleマップには出てきませんので、ここもやっぱり「航空写真」に切り替えがおすすめ。
グレイスラム(旧空港)
島の中心部にあるのはグレイスラム。灰色のスラム街かと思いきや、ラム酒の工場なのです。
Googleマップに従ってたどり着いたのは「南大東空港」。あれ、ラム酒工場じゃない?しかも、私の知っている南大東空港ではありません。

実はここ、かつて利用されていた旧南大東空港を活用した施設なのです。
1934年に日本軍によって飛行場が建設されます。滑走路の拡張が進められるも、米軍の攻撃により大破。戦後に整備が進められ、再び利用が開始。1997年に現在の南大東空港が完成するまで、空の玄関口として利用されていました。
人の気配がまったくありませんが、入り口らしき場所には「只今外出中」の貼り紙。いつ頃戻るのか、そもそもこの貼り紙はずっと貼られているのかもしれません。他にも行きたいところがたくさんあるので、今回は見送ることに。
ちなみにここで造られているラム酒がこちらの「CORCOR(コルコル)」。空港などで販売しております。

赤いラベルと緑のラベルの2種類があり、赤は砂糖を精製する際に副産物として産出される糖蜜を発酵させて造った「アンデュストリエ」、緑はサトウキビの搾り汁を発酵させて造った「アグリコール」であるそう。ラム酒に種類があるのは初耳です!
※このグレイスラム工場、クチコミを見るとけっこうネガティブなことが書かれています。私は誰にも会えなかったので真偽はわからずですが、観光客が訪れる場所ではないのかもしれません。
秋葉神社
サトウキビ畑の真ん中に立ち並ぶ不自然なフクギ並木、ここは秋葉神社の参道。ここもやっぱりGoogleマップだとわかりにくいのですが、神社の入り口は西側から向かう形になってます。

一直線のストレートの参道はけっこう長く、推定500mくらい。車やバイクは隣の舗装路を進んで石段手前まで行けます。

参道を抜けた先の石段は、けっこう急。木々が生い茂っているので、気になる方は虫除け対策も。

登った先に見えてくる石の鳥居。かなり立派な姿です。

その先には社殿はなく石の祠が祀られています。秋葉神社の御祭神・火之迦具土大神(ヒノカグツチノオオミカミ)は火伏せの神として信仰されています。ここに由緒を記したものは見当たりませんが、きっと火災から守ってもらうために建立されたのでしょうね。

忠魂碑
秋葉神社から石段を降りたところ、隣にもう一つの石段があるのを見つけました。

上っていくと、途中から少しワイルドな道のりに。先ほどの秋葉神社とは異なり、未舗装です。

不安になってきたところで見えてくるのは、石垣の上に建つ石碑。こちらは忠魂碑といい、島での戦没者の慰霊のために建立されました。この南大東島は、太平洋戦争時に激しい空爆を受けた戦地。多くの人が命を落としたとききます。

この忠魂碑の台座部分、地下へ続く階段があり、その真下に入ることができます。

ここはもともと海軍通信所。その跡にこのような慰霊碑を建て、亡くなった人を弔っているのです。

次回は「大東神社」について書こうと思います!ダイトウオオコウモリの生息地なので、もしかしたらコウモリ見られるかも・・・?



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