歴史上に幾度となく登場する「伏見城」。桃山丘陵にそびえたつ伏見桃山城は、そんな伏見城の城跡とは直接関係のない城郭。なぜこんなところにお城が建っているのでしょうか?
京都市内に残るお城
京都市内には多数のお寺や神社がありますが、お城が残っているのをご存知でしょうか。
「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている二条城が有名ですが、今回はご紹介するのは伏見桃山城。
観光地としての知名度は低いので、知らない人も多いのでは。私も最初に知ったときは「えっ、こんなところにお城建ってるの?何で今まで知らなかったんだろう」と驚きました。
伏見桃山城があるのは、伏見桃山城運動公園。JR奈良線「桃山」駅からひたすら坂道を登って行きます。ちなみに私はレンタサイクルで行ったので、過酷な道のりでした。
案内に従って登った先にあるのが駐車場。ここからお城までの道には立派な門も残されています。
模擬天守ってどういうこと?
門をくぐるとありました!天守閣がそびえ立っています!
2つの天守はそれぞれ異なる建築。手前の小天守は犬山城や彦根城と近い「望楼型」で作られています。
奥の大天守は「層塔型」に見えますが、ぎりぎりでこちらも「望楼型」。姫路城の天守に似ています。
こちらの天守閣は、江戸時代以前から残っている天守閣「現存天守」でもなければ、城跡に資料をもとに再現された「復元天守」でもありません。さらに資料などが無く他の城を参考にした「復興天守」でもありません。かつて伏見城があったのはここではないため、本来天守がない場所に設置された天守閣風の建造物「模擬天守」なのです。
京都の他の寺社に比べて歴史的な価値が高い建築ではありませんが、その存在感と美しさは一級品。人も少なくてとっても居心地が良い場所です。3月末にはちょうどサクラも良い具合に咲いておりました。
伏見桃山城ヒストリー
では、どういった経緯で建てられた建築なのでしょうか。
昭和39年(1964年)、この地には遊園地「伏見桃山城キャッスルランド」というテーマパークが建設されます。ジェットコースターなどのアトラクションとともに、遊園地のシンボルとして建築されたのがこの伏見桃山城。林原美術館所蔵の洛中洛外図の伏見城を参考に建造されたそうです。地元の方の話では、内部には黄金の茶室があったり、木下大サーカスが来ていたりもしたそう。
「お城のある遊園地」として人気を博した伏見桃山キャッスルランドですが、レジャーの多様化などの要因で入場者数は減少し、2003年1月に閉園。跡地は伏見桃山城運動公園として整備されました。
天守閣も解体予定でしたが、「シンボルとして残したい」という市民の運動により保存が決定。ただし、耐震基準を満たしていないため内部は非公開となっています。
白い壁に赤い縁取り。金の装飾は艶が消えていますが、逆に風格を感じさせてくれますね。
歴史の中の伏見城
この模擬天守とは別ですが、中世には3度に渡り「伏見城」という名の城が造られていました。
最初は、豊臣秀吉が隠居するために指月という地に建てた「指月伏見城」。1596年に完成するも、その直後に慶長伏見地震が発生。1年も経たずに倒壊してしまいます。
その翌年である1597年に、少し離れた木幡山に新たな伏見城「木幡山伏見城」が建立されます。が、1600年に関ヶ原の戦いの前哨戦「伏見城の戦い」がおこり焼失してしまいます。
その後、1605年に木幡山伏見城は徳川家康によって再建されます。これが3度目の伏見城。しかし、1619年には廃城になってしまいます。まとめるとこんな感じです。
2代目:木幡山伏見城(4年)
3代目:木幡山伏見城(18年)
伏見城、短命過ぎませんか!!??
現在立っている伏見桃山城、1964年に完成したので、2025年で61年の歴史があります。実は歴代伏見城の中で過去最長の歴史を刻み続けているのです。そう考えると、模擬天守といえどもなかなか凄さを感じられる気がしました。
アクセスと見学情報
JR奈良線「桃山駅」 徒歩20分ほど。丘陵にある公園なので、ひたすら上り坂が続きます。車の場合は、お城の目の前に有料駐車場あり。
開館時間 | 見学自由 |
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料金 | 無料 |
公式サイト | 不明 |
※掲載の情報は2025年3月時点のものです。最新情報は公式HPにてご確認ください。
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